かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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比較政治学の必読書/『民主主義対民主主義』(レイプハルト)

【目次】

 

民主主義制度は2類型に分けられる

民主主義体制が一定期間継続する36カ国の様々な制度を比較し、その類型や特質を論じた本です。「民主主義体制は多数決型とコンセンサス型に分けられ、後者の方がより優れている」という本書の議論は、比較政治学の分野では非常に有名となっています。

著者は、有効政党数、最小勝利内閣・単独内閣の割合、執政府の優越度合い、選挙での得票率と議席率のズレ、利益集団多元主義(以上「政府・政党次元」)、連邦制・分権度合い、二院制か否か、憲法の硬性度、違憲審査の充実度合い、中央銀行の独立性(以上「連邦制次元」)、という10の指標*1を用い、各国のそれぞれの制度を国際比較の中で位置付けていきます。

「多数決型」対「コンセンサス型」

これを見ているだけで十分楽しめるので須賀、著者の主眼はただの分類論ではありません。前述の指標のそれぞれ次元が互いに関連深いことを示した上で、政府・政党次元における多数決型(二大政党制・一党で構成する強い執政府・小選挙区制などの特徴を持つ国)より、コンセンサス型(多党制・連立政権・比例代表制など)の方が、政治参加の充実など民主主義の質が高く、国民や他国に対して寛容であるばかりか、(確度はやや下がるものの)政府として有効性の高い意思決定を行えているーことを示します。

特に近年の日本では、コンセンサス重視の政治のあり方は「決められない政治」を招く、と見做されることが多いで須賀、本書の結果は多数決型の政治制度がちゃんとした意思決定を行う政府をつくることを否定しており、興味深かったです。

政治改革のグランドデザインを

この36カ国には日本も含まれており、両次元ともわずかながらコンセンサス寄りに位置付けられることも示されていま須賀、日本の事例について具体的に分析するならこれらの本が有益でしょう(1冊目はこれに先立って読み返しましたが、議論も濃密で勉強になりました)。

canarykanariiya.hatenadiary.jp

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2冊目は、こうした比較政治学の知見から見た日本の政治改革の方向性のちぐはぐさも指摘しています。

レイプハルトがそうしているように、これらの知見は実際の制度設計に生かされてこそという部分は大きいですけれども、その機会はそう滅多にないというのも歴史的な事実でしょう。

感染症の流行で社会経済機能の麻痺が続く中、憲法改正手続きの整備が進み、また「感染症による緊急事態」に対応するための改憲論も姿を現していま須賀、憲法のみならず、日本の民主主義制度のグランドデザインを持った上での政治改革を望みたいものです。

*1:政治学でよく用いられる指標を使うことも、独自の点数付けをすることもあります

対米開戦にインパール作戦、歴史の教訓に見る「囚人のジレンマ」/『昭和史講義3』、『昭和史講義 軍人編』、『東條英機』(一ノ瀬俊也)

【目次】

 

大人買いした歴史講義シリーズの最後に、昭和戦前史における政軍のリーダーたちを紹介する3冊を紐解いてみました。

田中義一レーニンと会っていた?

加藤高明以降の首相や重要閣僚・政治家を扱っています。

各人物ごとにポイントを絞って論じられていま須賀、▽ロマノフ朝ロシア駐在武官時代に「ギイチノブスキー」と名乗った名刺を持ち歩き、レーニン接触したとの説まである田中義一のエピソード▽自身の政治的利益のためにその政治的声望をしたたかに利用した(しかし結局、同様にしたたかな陸軍に背かれた)宇垣一成英米協調派とみなされた(ている)幣原喜重郎が展開した自主的外交▽その幣原を外相に、井上準之助を蔵相に招いた浜口雄幸内閣は政策を強力に進めた一方、これら主要閣僚が「外様」だったことが、議会中心主義を掲げる与党民政党内に亀裂を生んだーあたりが興味深かったです。

皇道派対策だった軍部大臣現役武官制

昭和史講義【軍人篇】 (ちくま新書)

昭和史講義【軍人篇】 (ちくま新書)

  • 発売日: 2018/07/06
  • メディア: 新書
 

こちらは陸海軍のキーパーソンたちです。最後の参謀総長梅津美治郎、「背広を着た軍人」鈴木貞一、満州事変でおなじみ石原莞爾、今なお人気の高い山本五十六日本海軍で唯一海相軍令部総長連合艦隊長官を務めた永野修身などを紹介しています。

個人的にはこれまで元老や宮中、政党の方に関心があったので、本書で初めて学ぶことが多かったです。特に、長州閥→宇垣閥と薩摩閥→九州閥+一夕会(永田鉄山ら)の対立から、よく知られる皇道派対統制派の血みどろの争いに転じ、東條派が石原派を駆逐していくーといった陸軍内の派閥抗争の歴史もまとめてフォローしており、理解しやすかったです(海軍については堀悌吉の章でまとめられています)。広田弘毅内閣での軍部大臣現役武官制の復活にも、二・二六事件後に予備役に編入された皇道派長老の復活を阻止する意味があったといい、その時々の権力構造と制度との関係の深さを感じさせる例と言えますね。

「カミソリ東條」の凡庸さ

東條英機 「独裁者」を演じた男 (文春新書)

東條英機 「独裁者」を演じた男 (文春新書)

 

先述の二冊両方で論じられた東條英機の評伝です。航空機を用いた総力戦を展開するため、水戸黄門的な視察も交えながら「総力戦の総帥」として自己演出していった様が描かれています。

ただ、それは第一次大戦後の陸軍の方針と合致するものであり、陸軍の利益をストレートに追求・主張してきた姿勢といい、政治指導者としての東條の凡庸さが浮かび上がる一冊だったと思います。

東條に一蹴された佐藤賢了の提案

これらの議論のまとめにはなりませんが、個人的に一番印象的だったのは、組織内意思決定における囚人のジレンマ現象でした。

対米開戦直前の近衛内閣では、実は陸海軍それぞれがアメリカとは戦争できないと感じつつ、これまでに出来ると言った手前本音を言えないーという局面が現れます。東條ら陸軍首脳は、「開戦」はリスクが高いことを知りつつ、「陸軍がビビって開戦取りやめを言い出した」と見做されるのを恐れたのです。それを察知した東條の腹心・佐藤賢了は、「陸海軍の首脳が一杯盃を持ちながら、本音で話してみては」と勧めたそうで須賀、その点生真面目な東條に「国家の大事を酒を飲みながら決めろというのか!」と叱られた、との逸話が残っています。

この状況は、陸海軍が囚人のジレンマに陥っていると見ることができるでしょう。そして、ゲーム理論的に双方の利益を最大化する(両方とも「対米開戦はできない」と言う)ためのヒントは、案外、佐藤賢了の思いつきにあったかもしれません(まぁ、その案を一蹴した東條は酒席でも頑なに陸軍の立場を主張しそうな気がしま須賀…)。

「阿吽の呼吸」が機能しなかったインパール作戦

もう一つ、悲惨な例としてはインパール作戦中止を巡るやり取りもありました。

軍司令官の牟田口廉也を上司にあたる河辺正三方面軍司令官が訪ねた際、作戦失敗は明らかになりつつあるにもかかわらず、河辺は牟田口から言い出すのを待って何も言わず、牟田口は「自分の表情を見て分かってほしかった」と中止に触れなかったため、日本軍の損害は更に拡大したとされています。有名な、そして馬鹿げた話ではありま須賀、組織内対立や自己保身ゆえのコミュニケーション不足は、大きな意思決定の誤りと損失を生み得るのです。

2021年の日本にも、しばしばこのインパール作戦に擬せられる催しが予定されていますが、80年前の歴史の教訓はどのように生かされるでしょうか。

『韓国語の語源図鑑』(阪堂千津子)

 

一度見たら忘れない! 韓国語の語源図鑑
 

共通の語源や由来のある韓国語の語彙をまとめて紹介する本です。英語版も話題になったシリーズですね。

どの言語も、ある語彙にもともとあった意味に別のものがつけ加わったり、使われていくうちに意味がズレてきたりということは起こり得ます。その普遍性あるいは独特のありようを探るのも興味深いところで須賀、特に日本語話者にとって韓国語の語源や単語の構造を知る大きな意義は、やはり漢字由来のものを把握できる点にあるでしょう。

有名な話かもしれませんが、「会社」という語のスペルをひっくり返せば「社会」になる、なんてものはゴマンとあります。「アンニョンハセヨ?」も「安寧ですか?」なので、日本語表現として一般的ではありませんが意味は分かりますし、そのスペルを覚えれば表意文字である「安」と「寧」が他の単語に使われているのも発見できるはずです。

この特性を利用して、韓国語学習を進める人も多いそうです(私もそうでした)。この本ではむしろ、意図的に固有語(漢字に対応しない、より古いとみなされる語彙)の語源・由来を多く紹介していますが、ページをめくれば言い回しや慣用句の作り方の面でも日本語に通じる部分が多いことにも気付かされます。効率的な学習というだけでなく、知的好奇心にも応えてくれる一冊です。

『戦争とは何か』(多湖淳)

【目次】

 

戦争とは何か 国際政治学の挑戦 (中公新書)

戦争とは何か 国際政治学の挑戦 (中公新書)

 

データで分析する「戦争と平和

戦争の勃発から終結、平和維持といった事象をデータで分析し、その要因から将来のあり方までを探る「科学的な」国際政治学を平易に解説した本です。

まずは古今東西の紛争をデータに落とし込む*1ところから始まり、お互い合理的なら高コスト過ぎるはずの戦争がなぜ起こるのか、どういう国家(間関係)だと戦争が起きにくいのか、さらには戦争の予想は可能か、といったテーマを論じていきます。

将来、日本が戦争する確率は?

さらに、こうした知見を日本や東アジアの今後に当てはめて論じた章も設けられており、こちらも非常に示唆に富んでいます。

「今後6年以内に中国が台湾に侵攻する可能性がある」。米軍高官のそうした発言が最近話題を呼びました。中国と台湾、というより中国と米台の相対的なパワーバランスが中国寄りに変化している場合、予防戦争の論理で事態をエスカレートさせるのは米台の側とされます。既にこの発言自体が、エスカレーションの一環でもあるでしょう。

そのように、場合によってはあまり明るくない展望も多く示されていま須賀、どのような条件や努力が戦争勃発を防ぎ、平和の時間を延ばすのかについても多く言及されています。ちょっとタイトルがベタすぎてかなり損をしている気がしま須賀*2、図表も多くてサクッと読めるので、少しでも関心のある方にはお薦めしたい一冊です。

*1:例えば著名な「COW」の戦争データには、四国艦隊による下関砲撃事件は入っていま須賀、薩英戦争はありません

*2:せめて『データで見る戦争と平和』くらいにはした方がよいと思いました

『アフター・ヴィクトリー』(ジョン・アイケンベリー)

【目次】

 

戦勝国は意識的に「自重」した

ナポレオン戦争、20世紀の2度の世界大戦、そして冷戦という四つの大きな戦争後に、戦勝国がどのような国際秩序を形成していったかを論じた本です。

具体的には、ウィーン会議では英国、それ以降では米国が戦後体制づくりを主導したわけで須賀、その秩序は時代が下るにつれて制度化していったといいます。

そのタイミングでこの立場*1を得た国は、従前の秩序が崩れた状態で最強のパワーを持っているわけで、言わば力任せに収奪的な支配を行うこともできますし、あるいは主戦場となった場所(この場合は大陸ヨーロッパ)から手を引いて自分の国に帰ってしまうこともできます(米英ともに大陸から海を隔てています)。それでも両国とも、短期的な自国の利益を制限してまで、長期的な仕組みをつくることを目指したといいます。

それは短期的には主導国の「取りこぼし」に見えるかもしれませんが、長期的には自国の地位を脅かし得る新興国を拘束することに繋がります。NATOとドイツとの関係はその成功例でしょう。こうして定着した制度は時が経てば経つほど覆されにくくなり(経路依存性)、世界大戦とは性質を異にする冷戦の後において、唯一の超大国である米国が進めたのも、NAFTAWTOといった新たな制度構築だったのでしたー。ツルツルに丸めてしまえば、だいたいこんな論旨です。

議論する上で、やはり事例が少ないことの限界は感じましたが、そもそも従前の国際的な秩序が壊れて、新たなものが構築されるほどの戦争自体がかなり限られていますので、付け加えるとしたら30年戦争くらいでしょうか(古すぎるかもしれませんが、登場する国家のバリエーションを増やす意味でも興味深い事例だと思います)。

「偉大なアメリカ」とは?

この本が出版されたのは2001年。9・11テロの直前でした(日本語版はその後出たので、テロにも言及されています)。本書の最後の一節は、その時期にも垣間見えていたブッシュ政権の単独行動主義的傾向に疑問を投げかけたものです。

現在の私たちは、その後に成立したトランプ政権が「米国を再び偉大に」と叫びながらこうした制度による協調と相互拘束をかなぐり捨て、内向きな政策と生身のパワーによる暴走を繰り返したこと、そしてちょうど同じ時期、急速に大国化する中国が1945年に米国が築いた制度に挑戦していることを目撃しています。戦後構築が著者の言うように、パワーが制度に変換され、その制度が長らくパワーを規定していくものであるなら、かつて自分たちが築いた制度に拠って各国と折り合っていくことは、弱さでも何でもなかったのだということをしみじみ感じさせられます。それこそが「米国の偉大さだ」と、著者は思っているでしょう。

*1:第一次世界大戦での米国はとはいえ途中参戦であり、他と比べて歴然たる勝敗がついたわけではないので圧倒的地位とは言えなかった

2020年9月〜21年3月の読書「月間賞」

こちらのコーナー、すっかり更新を怠っておりました。

もう子供達の分をフォローすることはできなさそうで須賀、せめて自分の読書の思い出だけでも簡単に振り返ろうと思います。

 

2020年9月 『観応の擾乱』(亀田俊和

足利兄弟らの群像を生き生きと描きながら、マクロ的な視点もしっかりと提示してくれました。

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10月 『院政』(美川圭)

こちらも政治過程と院政の構造をしっかりと描いていました。

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11月 『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子

この独特の世界観は結構ハマります。

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12月 『パチンコ』(ミンジンリー)

100年にわたる物語の起点が尋ねたことのある場所で、その点も感慨深かったです。

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21年1月 『伊藤博文』(瀧井一博)

伊藤博文のこと、知っているようで全然理解していなかったと思わされる一冊でした。

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2月 『未来からの遺言』(伊藤明彦

長崎での被爆体験を巡る本なので須賀、これはかなり衝撃的でした。

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3月 『ゴジラが見た北朝鮮』(薩摩剣八郎

『民衆暴力』と悩みましたが、個人的に懐かしかったこちらに。

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こうしてみると、7冊中3冊が中公新書の日本史モノでした。

最近はノロノロ運転が続いていま須賀、これからも素敵な本と出会っていきたいですね。

『メディアが動かすアメリカ』(渡辺将人)

 

アメリカの下院議員事務所や大統領選挙のニューヨーク州支部、テレ東記者などを経て現在はアメリカ政治を研究する著者が、同国のメディア・ジャーナリズム事情を紹介する本です。

アンカー神話が崩壊し迷走すら見られる三大ネットワーク、パンディット(政治コメンテーター)依存によって政治的立ち位置を商品化するケーブルテレビ、ワシントンで展開される政治とメディアの駆け引きと怪しげな距離感、こうした既存のジャーナリズムの機能を一部代替しつつある風刺・コメディの影響力、移民たちを繋ぎつつ集票マシーンや本国のスピーカーとしても機能し得る多様なエスニックメディア…そうした諸相を、リアルな実体験を交えて解説してくれます。

著者の言う通り「海外のメディアについて深く知ることは海外を深く知ることと表裏一体でもある」ならば、この本に書かれているような背景を知らず、NHKBS1あたりでたまたま見かけた報道を眺めているだけでは、その国や社会の事情を深く知ったとは言えないでしょう(これは私のことです)。また、著者自身もそうしているように、日本の特にテレビ報道との比較をする上でも示唆深い内容が散りばめられています。

アメリカ政治や社会を知る、日本のテレビメディアについて考えを深める。その両面において有益な一冊だと思います。