かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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トルコ・キプロス新婚旅行一日目・アエロフロートでイスタンブールへ

0日目まで

酒屋に行くと、名の通った芋焼酎が他銘柄との抱き合わせで売られているのを見ることがあります。「魔王が欲しいんだけど、もう一本の方もおいしそうだし、飲んでみようかしら」。
今思えば、非常に失礼なものの言い方でしかないので須賀、一番初めに私の中で浮上した「旅行先としてのトルコ」に、そのような側面があったことは否定できないと思います。それは「イラン」という(私にとっての)「プレミア芋焼酎」の抱き合わせでした。しかししかし、よくよく考えてみなくても、イスタンブールキリスト教圏とイスラーム圏の交差を体現してきた街です。世界がもし一つの国なら、首都はイスタンブールだ―これは、かのナポレオンの言葉だそうです。そうならずとも、小アジアの各地には千年単位の歴史の痕跡が刻まれており、調べてみると、自然が織りなすさまざまな景色も楽しめるらしい。これは相当美味しそうだ…
しかし、一介のうだつの上がらない給与労働者である私が、ペルシャアナトリアの大地を同時に駆け抜けるだけのまとまった余暇を得ることは至難の業でした。そこで、中東行きを検討した2009年には「抱き合わせ」での旅行を断念し、イランを訪問。一週間ほどながら、満喫することができました。
もしその時、トルコがただの「抱き合わせ銘柄」であったなら、それ以降、旅行先として検討されることはなかったでしょう。しかし、そうはならなかった。イラン訪問を契機ともして、イスラームへの関心と、わずかに知識を深め、何の脈絡もない飲み会でムハンマドについて熱弁をふるい、「いつかはトルコにも行ってみたい」との思いを温めてきました。
そしてこの夏。「結婚休暇と夏休みでどこかに行ってしまおう」。細君となるべき人も以前からトルコに関心を持っていたことは知っていましたので、その「どこか」の3文字が「トルコ」に化けることはそう難しいことではありませんでした。
…と書くと人格が疑われそうなので(笑)、キプロスについても少し。ギリシャ系とトルコ系の対立から、後者が「北キプロス」として独立を宣言したものの、国際的な承認を得るに至っていない…という所謂「キプロス問題」は聞いていましたが、実際にどんなところか訪ねてみたいと思うようになったのは、南北を分けるグリーンラインが走る、首都ニコシアの様子を紹介する新聞のルポ記事を読んでからだったように思います。南北分断国家と言えば、私にとっては圧倒的に某半島のお話であったりするので須賀、あのソウルと平壌の落差とは言い得ないほどの雰囲気の違いと、それとは逆を行った板門店の異様な有様を見てきた自分としては、ごく容易に行き来できてしまうという、また違った意味で異様なキプロス島の分断を見てくることからも、何か得るものがあるのではないか。いや、っていうか、見に行きたい。そんなわけで、キプロス島にも立ち寄ることにしたのでした。
真面目なんだか不真面目なんだか分からないような*1口上で須賀、そんなところです。あ、あと今回はラマダン明けに現地に滞在することになるので、そのお祭りがどんな様子なのかというのも楽しみです。

同行者

細君です。

0日目

日曜日でありましたので、1日中野球を見ながら、だらだらと支度をしていました。細君は野球を見に行っていました。夜中には、キューキューと宇宙人のような寝言を発していました。

モスクワ経由でトルコの大地へ

日本土産は源氏物語

お昼時の飛行機に間に合うよう、10時ごろには空港へ。家を出てすぐ、腕時計を忘れたことに気付いたので須賀、まあいいやと取りに戻ることはしませんでした。お盆とはいえ、月曜日の朝をくぐりぬけて海外旅行に向かうというのは、なんだか不思議な気がしました。
空港ですることは大抵いつも同じなので須賀、源氏物語の栞を買ったことは書いておいてもいいかもしれません。いつも旅先で現地の方に助けられることが多いので、そんなときにお礼の気持ちを表現できるささやかなものを用意しておきたい。以前から思っていたことではあったので須賀、今回それを初めて実践しました。「源氏物語」なんてステレオタイプ過ぎる!とお叱りもあるかもしれませんし、自分が自分でなければそう言って白眼視したかもしれませんが、これまでの経験上、やはり「旅のアンチ巨人」や「旅のへっぽこ新聞記者」というより「旅の日本人」と認知されることが多いことは想像できますし、また、それがいかに2012年の日本社会とかけ離れたものであろうとも、「日本の伝統文化」と見なされているものが珍重されるケースというのも直接間接に見聞きしています。であるならば、ステレオタイプでも何でも使ってしまえばいい。なぜなら、私がそれを買う目的は、旅先でささやかな感謝の気持ちを伝えることであり、さらには勝手ながらも、できることなら「あんな奴を助けてやったことがあったなあ」なんて少しでも覚えていてくれたらいいなあ、と願っていたりもするからです。

乗せていただく?

さてさて、飛行機は定刻ごろに離陸。目指すはモスクワです。もうお分かりで生姜、利用したのはあのアエロフロート航空です。以前友人から「アエロフロートへの搭乗は、「乗る」のではなく「乗せていただく」という気持ちで臨まないといけない」と忠告を受けたこともあり、内心どんなもんなのかと「期待と不安が入り混じるような」*2気持ちでいたので須賀、青い革製のシートと、時間が経つにつれて座席がやや狭いように感じられてきたことと、アイスでスーパーカップが出てきたことと、

機内食用のプラスチック食器がものによってところどころ黒ずんでいたこと

くらいしか、印象に残ったことはありませんでした。

籠の中からロシアを感じる

10時間弱ほど飛んで、モスクワの国際空港に着陸。窓から見るモスクワ周辺は、森の中に散在する人の手が加わったエリアに、大体同じような構造物が規則的に並んでおり、「広いとこういう使い方ができるのかなあ」とか「やっぱり計画都市っぽいのかなあ」とか、それだけでは正しいとも間違っているとも分からないようなことを考えていました。
モスクワの空港*3での乗り継ぎ時間は1時間半ほど。ロシアに入国するわけでもないので須賀、パスポートとセキュリティーのチェックを受け、免税店なんかをたむろします。

店内にはありがちな飲食物や小さなマトリョーシカなどが並んでおり、その表情が一つ一つ違うことに細君は大ウケしています。一方で、旧ソ連時代をネタにしたグッズなんかも。そういう類のものは元来大好きなので須賀、その中でも一際、目を引いたものがありました。
*4
そうです、これは冷戦時代に超大国と称された米ソ(米ロ)の政治指導者を駒にしたチェス盤です。まあ見ての通りなので須賀、左側(アメリカ)は最前列のオバマからブッシュ、クリントン、父ブッシュ、レーガン、カーター、ニクソンケネディが、右側(ソ連→ロシア)は同じくプーチン、メドベージェフ、エリツィンゴルビー、ブレジネフ、フルシチョフスターリンレーニン並んでいます並べました。そして盤の中央には、両国が対峙するかのように描かれた世界地図が。つまりこのチェス盤は、まさに世界を二分する冷戦を表現しているのです…の割には、各指導者が一番ザコのポーンというのがなんとも笑えます。
そもそもチェスのルールは確か中高時代に一度聞いたことがあるくらいで、どの駒の呼び名が何であり、どこに並べるべきなのかもネットで調べて分かったようなレベルなので須賀、それでもとにかくこれが欲しい。127ユーロという半ばぼったくりのような値段に若干恐れをなしはしたので須賀、「結婚に際するプレゼント」と称し、家宝として購入することに成功したのでした。ありがとうございます。
それにしても、ロシアの人たちがこうしてソ連時代を「ネタ」にする行為は、一体どういう感情からくるものなのでしょうか? 固有名詞を挙げるまでもなく、ソ連時代の全てが順風満帆であったわけではないはずで、少なくとも政治の流れとしては、「ソ連」を否定した上に今の「ロシア」がある。なのにどうして「ソ連」が前面に押し出されてくる(ように見える)のか。ある種ネタ的で自虐的な、否定的な回顧なのか? (アメリカと)世界の覇を競った「強さ」への郷愁なのか? あるいはそんな「ソ連観」的なレイヤーの判断ではなくて、商売のためなら何でも使おうということなのか―お分かりのように、ここにそれに答えるだけの材料はありませんが、サハリンやシベリア鉄道といったものとも絡めて、いつかはぜひ訪ねてみたいと思ってきたロシアの地。空港内という小さな場所での、決して小さくない買い物は、籠の外に広がる大地へのさらなる関心を、否応なくそそるのでした。

機中から見る夕暮れ

さてさて、本題のモスクワ発イスタンブール行き飛行機は、モスクワ時間の午後7時前に離陸。夕陽を見ながらのフライトで、ちょうど夜景に切り替わったイスタンブールに着陸したのは現地時間の午後8時半過ぎでした。着陸成功で拍手が起こるのは久々でした。
空港で1万円を217トルコリラ*5に両替し、宿へ向かいます。アタテュルク空港はメトロと接続しており、トラムと乗り継いで中心部へ向かいます。ともにジェトンというコイン型のチケット(2TL)を買って、改札に投入する仕組みになっています。

賑やかなイスタンブールの夜


乗り換えのゼイティンブルヌ駅。多くの人がトラムを待っています。女性は全身を覆う黒のニカブ姿の人もいれば、ヒジャブで髪の毛だけを隠し、体のラインがはっきり分かってしまうような服装の人も多くいます。「イスラーム共和国」を称する隣国イランではちょっとお目にかかれないような光景に、「世俗主義のトルコ」というどこかで聞いたことのあるような言葉が脳裏をかすめます。しかし午後10時になろうというのに結構な混み具合です。目の前で、難なく走りまわれそうな5歳ぐらいの男の子が、ベビーカーに座ってぐずっています。それをなだめたおじさんは父親なのかと思ったら、途中で一人で降りてしまいます。後ろの家族連れの子供たちは、明らかに異邦人の私達を見て笑っています。日が沈むのを待って、家族で外食を楽しんだ帰りなのでしょうか。
アクサライ駅で下車し、ノベルホテルにチェックイン。驚くべきことに、事前に予約がなされていました。

こんなスペースもあるなかなか綺麗なホテル。もちろん細君の意向ですw
10時半も過ぎていたので須賀、荷物を置いて少し外に出ます。


あちこちで服が売られていたり、屋台があったりと賑やかです。自分たちもその中に加わりたい気持ちもあったので須賀、幸か不幸か2人の胃袋はアエロフロート機内食で満たされており、水*6だけ買って部屋に戻りました。
「CNNトルコ」やら「クイズミリオネア」を見ながら寝支度をして、日付が変わるころ就寝。移動ばかりの長い1日でしたが、無事に旅のスタートラインに立つことができました。

*1:どちらが「真面目」に該当するのかもよく分かりませんが

*2:ベタな表現です

*3:シュレメーチエヴォ空港というそうです

*4:なんかバーコードとか中途半端についたままの写真で恐縮で須賀、これは帰国後に自宅で撮影したものです。冷戦のチェス盤が家にあるので、「これを撮って『家庭内冷戦』とか言ってfacebookあたりにうpしようよ」と提案したら、強い抗議を受けました

*5:今後TLを表記します

*6:500ml2本で1TL