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取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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『静かに、ねぇ、静かに』(本谷有希子)/「ツイッタランド」の分断を連想

【目次】

 

静かに、ねぇ、静かに (講談社文庫)

静かに、ねぇ、静かに (講談社文庫)

 

短編三つを収録した新刊文庫本です。

「本当の旅」連想したツイッタランドの分断

「本当の旅」ではInstagramとLINEが重要な役割を果たしていま須賀、私には、時に「ツイッタランド」と揶揄されるようなTwitter上の「世論」分断・タコツボ化の様相を比喩的に表現しているように見えました。

主人公一行は学生時代の旧友で、長らくSNSでコミュニケーションを取り合ってきました。彼らは社会の大勢(と彼らが見做すもの)に反発し、時として独りよがりな価値観や正義感を振りかざしもしつつ、いわばタコツボ的に共感を深めています。ただ、実は主人公自身はメンバー内のインフルエンサー的存在の言動に違和感を持つことも少なくないので須賀、結局は自信のなさから疑問の芽を一つずつむしって、タコツボの中に戻っていきます。著者はその様子を、本気でムカつくぐらい(笑)戯画化して読者の脳裏に描き出してくれます。

他のSNSでも同様のことが起こっている可能性は十分ありそうで須賀、私は戦術の「ツイッタランド」の様子を連想してしまいました。「ネトウヨ」たちと「パヨク」たちのレッテル貼りと陣地戦をしているかのような不毛なポジショントーク、そこで持て囃されるインフルエンサー、彼らの往々にして真実性や品位に欠くツイートにつく数多の「いいね」やリツイート…。リツイートなどで共鳴する側も、本当にそのツイートにそうする価値を認めているのか*1?物語の中で彼らが辿る行く末を含めて、非常に示唆深いなと勝手に感心していました。

本質や客観なんてないけど、完全に開き直っていいわけではない

ただもう一つ言えば、その比喩は、私を含む読者一人一人に自分の足元を見つめるよう、迫っているようにも思えてきます。「あなたの意見や価値観は、本当にあなた自身のものですか?」「あなたにとって快適なタコツボの外と、ちゃんと折り合いをつけられていますか?」。「本当の自分」とか「社会的に客観的に正しい」などという観念は幻想に過ぎないと多くの人が気付いている現代ながら、完全に開き直ってしまえばいいわけではないことは、肝に銘じておきたいです。

「本谷ワールド」を楽しめる3作

個人的に一番面白く読めた「本当の旅」を中心に書いてみました。文庫版の解説も同様でしたが、やや表層的な上に、スベっている感が否めなかったですかね。

「奥さん、犬は大丈夫だよね?」「でぶのハッピーバースデー」は夫婦の話で、もちろんいい描かれ方はしていないので須賀、後者に出てくる2人の関係性はなんだか微笑ましくなってしまいました。特に前者は(「本当の旅」もその類でしょうが)、著者一流の「終盤の世界の歪み」を味わうことができます。

canarykanariiya.hatenadiary.jp

読書会でメンバーに薦められて読んでみたので須賀、この作品もとても面白かったです。

*1:元ツイートの内容の信頼性を発信者によって判断するのが、行動経済学的に合理的な面があるのは理解できます。アメリカ大統領選を前に、単純リツイートをしにくい仕様になったのもそれを踏まえてのことでしょう