かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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「悲劇」を超えた豊かな写真表現/『border|korea』(菱田雄介)

 

border | korea

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 見開きの左右で、南北朝鮮の人物や風景を対比させて表現した写真集です。生後間もない赤ちゃんから子供、バンド少女、老人、そして海水浴場や雨の地下鉄出口、両側から見た板門店、政治的な場所まで、似たカットを左右に配置して比べる手法を貫いています。

平壌とソウル、そして板門店も両側から訪ねたことがあり、

canarykanariiya.hatenadiary.jp

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なんとなく両方の街並みや人々の雰囲気を感じながらページをめくることができました。

最後の方に書かれた短い文から察するに、作者の意図としては、70年ほど前に恣意的に引かれた国境線のせいで、同じように生まれた赤ちゃんがそれぞれ別の価値観の中で育ち、全く別の社会を構成していくことになることを、問題提起的に描きたいということがあるようです。

確かに恣意的に引かれた国境が、その後の戦禍も含めてどれだけの悲劇を生み出したかは論を俟たないところではありま須賀、個人的には、この作品からそれだけ受け取るのはもったいないかなという気がしました。

赤ちゃん以外にも似ていると感じる部分はありますし、そうでない部分もあります。経済的に韓国の方が豊かで、夜景も光に満ちていま須賀、カメラに笑顔を向けているのは、北朝鮮の人の方が多い印象を受けました(もちろんこれは「北朝鮮の人の方が幸せな生活を送っている」という趣旨ではありません。外国人からカメラを向けられた時にどう反応するか、は、文化的要因や日頃外国人とどのくらい接してきているかなどに依存するでしょう)。

そういう「南北の異同」、あるいは人によっては「人類の普遍性」までをも感じ得る豊かな内容を表現している写真集だ、と私は思います。作者もそういうあたりまで意図しているんじゃないか、とは感じましたが、「悲劇性」を踏まえつつも、その先に広がる豊かな表現を楽しめる作品だと思います。

 

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プラットフォームの責任、新聞社の責任/『情報戦争を生き抜く』(津田大介)

 

インターネットやソーシャルメディアが普及し始めた当初、新聞の輪転機やテレビの放送設備を持たない市民が情報発信や交流の機会を持つことは、民主主義を鍛え、社会をよりよくすると多くの人が考えていました。

もちろんそれらが、そうした期待通りに機能した例*1も世界的に多くありま須賀、近年はネット上のコミュニケーションの問題点の方が目立つようになってきました。ネット炎上、(多くは誤った)コピペ記事、ヘイトスピーチフェイクニュースなどのことです。

(意外なほど多くが経済的動機でなされる)一部の悪意ある発信や、それをそうとは知らずに拡散させてしまう行為*2によって、そうした情報が氾濫する中、その「舞台」となっているTwitterFacebook、日本ならYahoo!といったプラットフォーム企業には責任はないのでしょうか。特定の書き込みを消去し、他のものを残す判断をしているプラットフォーム企業の行為は、まさにメディアにおける編集行為と変わらないのではないか、とすれば、フェイクニュースヘイトスピーチを放置することは、メディアとしての責任を果たしたことにならないのではないかーこのような批判が強まっています。

一方で、存在感でもビジネス面でもプラットフォーム企業に差をつけられ続ける既存メディアは、情報技術の進歩をどう取り込み、「情報戦争」をどう生き抜こうとしているのか…

 

この本はこうした問題意識から、2016〜18年の雑誌連載を元にまとめられた本です。当然時事的な話題が多いで須賀、その中でも上記のような大きな構造が掴めるようになっており、非常に勉強になりました。一つ一つのテーマや現象も興味深かったで須賀、現在のメディア状況について著者は、このように総括しています。

現在起きている情報戦争の本質とは何か。それは、ソーシャルメディアの影響力がマスメディアを超えつつあることで、事実が軽視されるようになり、その結果として、論理や理屈よりも感情が優越し、分断の感覚が増大しているということである…(中略)…情報戦争は、プラットフォーム事業者の隆盛と、資本の論理によって起こされている。 

 そしてその現状への対抗策として、4つの方法を示しています。

・「技術」で解決する・・・AIなどを活用し、フェイクニュースヘイトスピーチを抑え込む

・「経済制裁」で解決する・・・問題のあるサイトに広告が出ないよう「兵糧攻め」にする

・発信者情報開示の改善で解決する・・・「書き込んだ者勝ち」の現状を改める

・「報道」で解決する・・・報道機関などがファクトチェックを通じてフェイクに対峙する

 

私は今年度(あと2カ月半)、新聞社からネットニュースを扱う会社への出向を経験しています。

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1年弱いたからといってその道の専門家になれるわけでも、特効薬のようなアイデアを思いつくわけでも(残念ながら)なさそうですけれども、新聞社が旧態依然の情報発信を続けているだけではいけないと思う一方、著者の言うように、フェイクニュースの飛び交う今だからこそ、民主主義を鍛える良質な報道を目指していかなければならないと日々感じています。新聞社の取材・制作過程にも構造的な問題はもちろんありま須賀、日本においては未だ、高い取材力を持つ組織でありつづけています。

紙の新聞や特定の新聞社ではなく、民主主義を支える報道機関と民主的な社会がこの「情報戦争を生き抜く」にはどうすればいいのか、今の職場でもう少し考えていきたいと思っています。

 

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*1:アラブの春#MeToo

*2:恥ずかしながら、私も経験があります

母との確執とカトリック改宗/『「昭和天皇実録」を読む』(原武史)

「昭和天皇実録」を読む (岩波新書)

「昭和天皇実録」を読む (岩波新書)

 

 公開された「昭和天皇実録」の記述などから見える人間・裕仁のエピソードを紹介する本です。

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こちらでは昭和天皇の政治的なスタンスや振る舞いについて論じられていましたが、この本では生育環境や心情のようなところから、昭和天皇の言動を読み解いていきます。

後宮改革や虎ノ門事件など、色々と興味深い仮説が提示されていま須賀、特に注目すべきは2点あったかとおもいます。

まずは、昭和天皇と母・貞明皇后との確執です。神道への信心が深かった貞明皇后昭和天皇の態度に不満を持っており、特に裕仁摂政時代、貞明皇后はどうやら自分が天皇になることを意識していたフシがあるのだそうです。

細かく言えば、正統な天皇に誰をカウントするかが固まったのがこの時期だそうで、「女帝」と称されることもあった神功皇后天皇とみなされるかどうかは、貞明皇后の即位というシナリオが生じるかどうかの言わば「代理戦争」的な意味合いがあったのではないかと著者は論じます。符合するように、神功皇后天皇と認められないことが確定した日の翌日、貞明皇后は自らの遺書を書いているといいます。

また、貞明皇后疎開させることで政治から遠ざけるべく、まさに終戦前後の時期に高松宮夫妻と秩父宮夫妻が会合を持っていたようだということも指摘しています。香淳皇后との間に「嫁姑」的な問題もあったといい、この辺の人間模様の生々しさは印象的でした。

もう一つは、戦後に昭和天皇カトリックに改宗する可能性があったということです。これは当時、あちこちで報道もされていたことなのだそうです(知らなかった)。

政治的な事情で退位が叶わないなら、神道に対する悔悟も込めて個人的に神道を捨て、改宗することでけじめとしよう。独立回復までの時期にカトリック関係者に接近したのには、そのような思いがあってのことではないかと推測しています。これもまた非常に興味深い指摘だと思いま須賀、サンフランシスコ条約以降、急にこの「カトリック熱」が醒めてしまうのは現金というか何というか、個人的にはその辺の経緯を読み解けるとより面白いのかなという気がしました。

 

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改元前にオススメの一冊/『元号』(所功、久禮旦雄、吉野健一)

 

元号 年号から読み解く日本史 (文春新書)

元号 年号から読み解く日本史 (文春新書)

 

日本の元号について、その歴史をまとめた本です。

もともと元号を使い始めたのは中国・前漢武帝だったとされま須賀、その経緯から説き始め、日本最初の「大化」からその歴史を紐解いていきます。

傾向として奈良時代は縁起がよいとされることをきっかけにした改元が多かったが、次第に災害や疫病・兵乱などの「厄払い」的な改元が主になること、鎌倉幕府から始まる武家が徐々に関与を強めていく様子、明治以降の一世一元下での運用や戦後占領期の廃止をめぐる議論など、興味深い内容が多く収められています。また、南北朝時代はどちらの年号を使うかが政治姿勢の表明になっていたり、その延長線上で戦国時代の東国では独自の年号の使用や、京でなされた改元を無視することが横行したこと、時代ごとの年号の定め方に当時の政治のあり方(朝廷と幕府の関係など)が反映されていたことなどを見ていくと、「年号から読み解く日本史」という表題も頷けるものでした。

今年は5月1日に改元、4月1日にその新年号が発表されることになっています。この本では、次の元号はこれまでに候補になったことのあるもの(=中国古典からとったもの)から選んでよいのではないかとの立場が表明されていま須賀、実際どうなるでしょうか。一方で、十七条憲法万葉集などの日本の古典から元号をとることを主張する学者もいるそうです。漢字圏にあり、豊かな中国古典の蓄積を活用できる元号も素晴らしいと思いま須賀、(あまりそれ一辺倒では困りますけれども)日本文学の恵みを生かしたものにするのも一興かなと思います。

いずれにせよ、4月の発表を控えて読んでおくと楽しい本だと思います。

 

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推論を用いた話・格言めいた話・不思議な話/長男言行録(4歳5・6カ月)

父の筆不精は棚に上げて、この2カ月間で印象深かった話をば。

私「じじ(義父)の家の近くのコンビニのおばさん、よく話しかけてくるよね。パパも2回話しかけられたよ」

長男「じゃあじじはもっと話しかけられてるだろうね」

私「なんでそう思うの?」

長男「じじの方が店の近くに住んでるからね」

この期間で特に、既知の情報を組み合わせて未知の事柄について推論する話し方が多くなった印象を持っています。

今回のはあまり例がよくないかもしれませんが、「ある店の店員がよく客に話しかける」という父親に聞いた情報と「父親より祖父の方がその店の近くに住んでいる」という既知の情報から、「店の近くに住んでいる人の方がその店によく行くだろうから、祖父の方がその店員さんに多く話しかけられているだろう」と推測していると言えるでしょう。話を聞いていると、そういう思考様式を用いることが増えたように思います。

最近たまに、ひらがな混じりの漢字を読んでしまうことがあるのも、これと関係があるような気がしています。

本人に聞くと、自分は漢字が読めるようになったのだ、小学校で習ったのだと主張するので須賀、その漢字単独で読めるわけではなさそうです。私の高校時代、英語教師が「人間は、ある文章に書かれている言葉のうち9割の意味が分かれば、文章全体の意味を推測を交えて理解することができる」と話していたのを覚えていま須賀、彼も恐らく、そういう方法で字の意味を推測しているのでしょう。

さて、この先は巻きでいきましょう。次は、細君から伝え聞いた話。

長男「ねえねえ、◯◯(一人称)が生まれた時の話をして?」

細君「なんでいつも自分が生まれた時の話を聞きたがるの?」

長男「自分のことは分からないから。自分の背中は見えないでしょ」

これも彼の中では筋道通った立論なのでしょう。ただ、背中を例に出すのはかわいいですね。自分の背中が見えなくて困ったりしたことがあったのでしょうか…?

最後はちょっとギョッとしてしまった「不思議な話」。

長男「◯◯(一人称)のお腹の中にも赤ちゃんがいるんだよ」

私「えっ?いないんじゃないかなあ…」

長男「いるんだよ。お風呂に入っている時に159人出てくるんだよ」

私「それでどうなるの?」

長男「寝ている間にお腹の中に戻ってくるの」

入浴中に赤ちゃんが159人出てきて、寝ている間に戻ってくるというのはちょっとした奇譚のようで、私も正直怖いと感じました。どういう意図でそんな話をしたのか知りたくて、後日、この話の内容をもう一度確認してみたので須賀、曖昧に相槌を打つだけでした。

ただ想像できるのは、最近、保育園の同級生に妹が生まれたことにインスピレーションを受けたのではないかということです。その子のお母さんのお腹が大きくなっていく過程も見てきたようなので、性別はともかく、人間にはそういうことが起ころうるということが心に残ったのかな、と想像しています。

 

最初に紹介したように、論理的にな話し方ができるようになった半面、日本語としては意味をなさないと思われる単語や歌の歌詞(?)を連呼して楽しそうにしていることもかなりあります。話す内容や話し方にバリエーションが出てきて、こちらも楽しませてもらっています。

 

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親子の2018年12月読書「月間賞」

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私はこちらにします。トランプ大統領の個々の行状をあげつらうのではなく、政権としての問題がどこにあるのかを意思決定過程を踏まえて論じていますので、情報の新旧を超えた価値がある本だと思います。

寿命図鑑 生き物から宇宙まで万物の寿命をあつめた図鑑

寿命図鑑 生き物から宇宙まで万物の寿命をあつめた図鑑

 

長男はこれだそうです。どちらかというと私が一目惚れして買ってきてしまった絵本です。彼としても、生き物だけでなく食べ物や乗り物の「寿命」を紹介したり、あるいは各国の平均寿命を一覧で示していたりするところが面白かった、と言っていました(意訳です)。幅広い内容をとっつきやすく盛り込んでいる絵本だと思います。

 

2019年となりましたが、今年もお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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超高級ホテルの「いなす力」/『ザ・ホテル』(ジェフリー・ロビンソン)

 

ザ・ホテル―扉の向こうに隠された世界 (文春文庫)

ザ・ホテル―扉の向こうに隠された世界 (文春文庫)

 

ロンドンの超高級ホテル「クラリッジ・ホテル」を題材に、その日常の出来事や裏舞台を紹介したノンフィクションです。

韓国の金泳三大統領の訪問や、女王・エリザベス2世が出席する晩餐会といったイベント際する大掛かりな準備のみならず、「超高級ホテルの常連」面をしたいちょっとめんどくさい客への対応、「扉の向こう」でのスタッフ同士の機微など、様々な内幕がリアルに描写されています。

その中で興味深かったのは、ホテルスタッフたちの「いなす力」でした。

高級ホテルではこれほどまでに個別の宿泊客の要望に応えているのか、というのも驚きでしたが、それでも物理的orルール的に断らざるを得ない注文(譲れない一線)というのはあるものです。その時、如何に相手の気分を害さずに落としどころを見つけ、あるいは諦めてもらうか。その多様な事態への対応力、場合によっては相手をいなす力こそが、サービス業の腕の見せ所なのかなと感じました。

私自身、この種の高級ホテルに泊まったことはあまりありませんが、敢えて似た経験を挙げるなら、キューバで泊まった「ナシオナル・デ・クーバ」でしょうか。

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まあこのホテルのハウスキーパーは、私たちを「いなす」どころか正面からバトルを展開してきたんですけどねwww

しかしこの一件、本に出てくるような幹部の朝礼で議題になったりしていたのかな、と想像してみると、今更ながらちょっと笑えてきます。

ハウスキーピング部門からの報告。「◯△◇号室の日本人家族客が、衣服のクリーニング代の支払いを拒否。料金表を手渡されておらず、一度も有料のサービスだと言われなかったと主張、議論がかみ合わず」

 

いつもありがとうございます!

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