かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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戦艦武蔵とプロダクトマネジメント/『プロダクトマネジメントのすべて』(及川卓也、曽根原春樹、小城久美子)

【目次】

 

プロダクトマネジメントという仮説検証

著者の一人が新聞協会で講演していたのを聞き、手に取ってみました。

ニュースサイトという既存のプロダクトをどう育て環境に適応させていくか、新しい収益の柱となりうるプロダクトをどうつくっていくか、という目線で読み進めました。

印象的だったのは、最初からピカピカの完成品を作って未来永劫同じように使い続けるという発想ではなく、プロダクトを作り使う過程で常に仮説を検証し、内外の変化に対応していく姿勢です。

戦艦武蔵の失敗に学ぶ

先日「フィリピン周辺の海で発見された戦艦武蔵の残骸から実像に迫る」という番組の再放送を見ました。武蔵は「対戦艦最強の不沈艦」を目指して設計されたものの、完成した頃には既に航空戦の時代になっており、レイテ沖で米軍の航空機の格好の標的となって敢えなく沈没。海中で積んでいた(けどロクに使えなかった)弾薬が大爆発してしまった可能性が高いのだそうです。

どれだけの時間と労力とお金をかけて「超大作」を作り上げても、戦艦武蔵のように実戦にそぐわないものになってしまっては意味がありません。「常にFit & Rifineを怠るな」「当初の予定通りにいかないことを恐れずに真摯に仮設検証せよ」という著者の助言は、この不確実性の時代には尚更肝に銘じるべきもののように思えました。

『ナショナリズムとは何か』(アントニー・スミス)

 

 

ナショナリズム論における近代主義*1に対峙する最も有名な論者*2の一人が、「入門書」として諸論点を紹介する本です。

抽象的な議論が続くため、正直(私のような)初学者がスラスラ読めるような本ではなかったです。少し古い本で須賀、概論的に読むならこちらの方が優れていると思います(こちらは再読しました)。

論旨については、用語の定義や着眼点(強調するポイント)の違いによる部分が大きいのではないかと思いましたが…

 

*1:ざっくり言うと「ナショナリズムは近代生まれのもの」という考え方

*2:近代以前に注目する立場は「原初主義」と扱われることも多いで須賀、本書ではより主観的な面に注目する「エス象徴主義者」と名乗っています

『目的ドリブンの思考法』(望月安迪)

 

目的を立てて達成するまでの過程について、<目的−目標−手段>という三層ピラミッドと、<予測−認知−判断−行動−学習>という基本動作として解説していく本です。印象的だった点をものすごくかいつまんで言うと、

  • 常に目的に回帰して頭を整理する重要性
  • コンサルの思考法の一端が垣間見える
  • (妥当な)アナロジーで知識をヨコ展開するためにはある程度の蓄積が必要

といったところでしょうか。

「現場リーダー、あるいはそうあろうとする人」くらいの目線で書かれており、話には入っていきやすかったです。

『学習まんが日本の歴史』(小学館版)

【目次】

 

懐かしのシリーズの全面改訂版

上の子から借りて通読しました。

私自身、小学生の頃に(同じ小学館版の)前作を愛読しており、休みの日に1巻から読み通す遊びをよくやっていました*1

良くも悪くも、個々の人間たちがその時の価値観にそれなりに影響を受けながらしでかしてきたことの積み重ねに過ぎない歴史を、暗記すべき事項の集合体としてでなくストーリーとして描いてくれるこのシリーズは、非常に優れた歴史教材だと思っています。現金なことを言うと、最近よく売り文句になっているように、これらの内容が頭に入っていれば大学入試の論述試験も全く難しくない、というのが私の経験です。そんなシリーズが全面改訂されたと聞き、今度は2カ月かけて読み通してみました。

実質的に別モノ

もちろん個別の描写を詳細には論じられませんが、全体として本当に全面的に改訂されています。基本的には別モノと捉えた方がよいくらいです。もちろん前作から絵のタッチも変わっていますし、何巻かごとに漫画家が替わっていく(=巻をまたいで登場するような重要人物ほど、全く異なる風貌で現れるケースが増える)のにも、個人的には違和感がありました。

近現代史も古代史も

間違いなく最大の特徴は、近現代史の充実でしょう。20世紀の生まれとはいえ、自分の生まれた年が19巻で扱われていたのは若干ショックでした(笑) また、歴史的評価が定まっていると言い難いそうした時代を報道ベースで(架空のテレビ局や記者を登場させて)紹介する手法も、やむを得ない工夫ということなのでしょう。

ただ、詳細なのは後半だけではなく、全部読むのは大変なくらい多くの背景説明や注がなされているのは全巻通じてですし、古代の政治を東アジアの国際情勢と絡めて論じていたのも特徴的でした。

読めば読むほど気付きのあるシリーズだろうと思いますので、息子にもぜひスルメのように楽しんでほしいと願っています。

 

*1:大抵ギリギリ読み終わらない

「脱魔術化」するロシアで/『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)

【目次】

文豪最晩年の大長編作品

ロシアの文豪・ドストエフスキーの最晩年に著された大長編作品です。

皮肉屋で退廃的に情欲を追い求める「道化」たる父・フョードル、粗暴なほどの直情・情熱・享楽に象徴される長男・ドミートリイ、シニシズム的な知性をひたすら発展させていった二男・イヴァン、輝かしい人間愛で奔走する三男・アリョーシャに加えて、その周辺の多彩な人物たちが、物語中盤に起こるある大事件にさまざまな立場から直面していくことになります。詳しい物語展開に関心のある方は、ぜひ本書を手に取ってみてください。

ロシア社会の脱魔術化と「カラマーゾフシチナ」

この物語の一番の背景にあるのは、19世紀ロシアで進んでいた社会の脱魔術化*1だと思います。

canarykanariiya.hatenadiary.jp

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これらの同時期の作品でも表現されているような、ロシアの伝統的価値観・感覚の中に西欧発の近代合理主義が入り込んで来たことへの人々の困惑や葛藤が、本作においてこれだけ多様な登場人物の造形を可能にしているのだと思います。ドミートリイが前者、イヴァンが後者*2を象徴しているとされていますね。特にドミートリイ的な「混沌、狂乱、激動、極端から極端に走るがむしゃらな性質」は、同時代において「カラマーゾフシチナ(カラマーゾフ的な人物・精神)」と称され、「単純、緩慢、鈍重、優柔」といった気分を表現する「オブローモフシチナ(オブローモフ的な人物・精神)」と好対照をなしつつロシア国民性の一端を表すものとみなされたそうです。

宗教の役割は

一方、僧院出のアリョーシャは一見すると前時代的なカテゴリーにいそうで須賀、一番若く、かつ各登場人物を結ぶ役割を果たし続けてきたことを考えると、ロシアの伝統的価値観と西欧近代主義を宗教が媒介し、取り持っていくようなモチーフがあるのかもしれません。

著者が続編の執筆を想定していたらしいということもあってか、兄弟ら主要登場人物たちの未来がはっきりと示されることがないまま終わるのも、私としてはよかったと思いました。ラストシーンはある少年の死であり、論理的関係はありませんがそのコントラストとして、彼らは何らかの形で生きながらえ続けるのではないかと想像させられました。

*1:マックス・ウェーバーの用語ですね

*2:とはいえそれを貫徹してしまうほど単純な人物としては描かれていません

『何もしないほうが得な日本』(太田肇)

 

 

会社、行政、町内会、PTA、そして学校といった日本の様々な組織で「何もしないほうが得」という態度が広まっている状況について論じた本です。

ごく簡単に言うと、これらの組織で共同体の基盤が崩れつつあるにもかかわらず、「全体と個の利害対立は存在しない」といった建前論が幅を利かせた結果、水面下でフリーライド的態度が増幅したーと著者は論じています。

教育現場については、

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PTAについては、

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というより現場に即した議論があり、本書は会社組織を中心に分析したものと言えると思います。

一方で、著者が言う「共同体の空洞化」はかなり大きな議論のはずですので、そこをさらに押さえた論理展開があるとよいと思いました。

「何もしないほうが得」は、煎じ詰めれば社会全体におけるフリーライドの問題なのだという指摘が本書の眼目なのだと捉えています。そうであるならば、昔ながらの共同体の復興ではないにしても、ある範囲にあるレベルの紐帯の公共とでも言うべきものがあって、みんな大なり小なり共有地の牧草を食んでいるのだという認識を共有することが不可欠なのだろうとは思いました。

サクッと読める、読みやすい本です。

『2050年のメディア(文庫版)』(下山進)

 

文庫版の新章を読むために、改めて最初から目を通してみました。まさに新章に出てくるプラットフォーマーへの対応というのは、単なるPV単価の話ではなく、どこに収益源を求めるのか、そしてそのためのコンテンツはどうあるべきかのか-といった報道機関のデジタル戦略全般に関わってくる問題のはずです。そこを自社の経営陣がどの程度理解してくれているのか・・・と、ふと思いました。

以前のレビューはこちらです。

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