かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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「経済成長に成功すると自分の身が危うくなる」ジレンマ/『独裁が揺らぐとき』(大澤傑)

【目次】 

 

軍部と政党・社会への統制から類型化

個人支配体制がどのようにして維持され、また崩壊していくのかについて、軍部と政党への統制のあり方から類型化して論じる本です。

軍部を分断して相互牽制させるか、一律に優遇するかというような日頃からの処遇の差が、いざという時に軍が独裁者を守ろうとするかを左右するというのはイメージしやすい話ですし、政権党がどのくらい社会を掌握できているか、そもそも野党の存在は許容されているのかは、社会に「下からの革命」の芽が育つかどうかに大きく影響するでしょう。こうした観点、特に社会に根を張るクライアンテリズムのネットワークを支配できているか(あるいはそもそもそれが存在するか)を中心に、さまざまな事例を追っていきます。

具体的には、フィリピンのマルコス、インドネシアスハルトルーマニアチャウシェスク、スペインのフランコ、サウジのサウード家、そしてもちろん北朝鮮金正日金正恩*1などです。

経済成長に導く独裁者のジレンマ

一番興味深かったのは、独裁政権下の経済発展こそが体制の基盤を揺るがし得るという指摘でした。そもそも個人支配体制が成立する局面では、何らかの国家的危機が起きている場合が多く、独裁者たちは権力を握ってから経済成長に向けて邁進するケースが必然的に多くなりま須賀、そうすると国の社会経済構造が変化して(工業化など)独裁者を支えていた旧来の地元有力者たちが没落し、せっかく国(大概は自分と仲間達)を富ませても自分の支持基盤は崩れていってしまう、というジレンマが起こるというのです。

これを防ぐためには、社会の変化に応じたクライアンテリズムのネットワークをその都度組み直していくか、そもそも社会経済構造を変化させないかの二択にならざるを得ませんが、それはどちらも容易ならざることです。

金正恩は「金主」や「ジャンマダン」を掌握できるか

全体として、やや類型化ありき(厳しく言えばSo what?感がある)に見えるところで議論が終わってしまっている感がありましたが、例えば現在も個人支配体制が続く北朝鮮の未来を占う上で、重要な示唆を受け取ることもできると思います。

本書で扱われた中で、北朝鮮に近いのはルーマニアと(意外にも)スペインでした。ルーマニアの事例からは、軍部の一部に不満を溜めてしまうと離反の可能性が高まること(これは金日成金正日も教訓にしたでしょう)、党による社会の組織化・包摂が却って社会的連帯を生み得ることが挙げられます。スペインの例は、あるいは張成沢の路線が続いていれば、より早く似た状況になっていたかもしれません。

著者は、すでに北朝鮮社会で起きている社会経済構造の変化をそこまで重視していないように読み取れま須賀、『北朝鮮・絶対秘密文書』(米村耕一)『麦酒とテポドン』(文聖姫)など、その変化が拡大し、当局の統制の十分及ばない社会経済関係が構築されていることは多くの書籍や報道で知られるようになりましたし、一世を風靡した

canarykanariiya.hatenadiary.jp

でも、その利益を享受した「金主」と呼ばれる家庭の娘(ソダン)が重要な役割を果たしていますね。

本書で言うところの社会における「ブローカーチェーン」(地元有力者を連ねた統制)への掌握度は、食料配給が崩壊した金正日政権下の「苦難の行軍」期にかなりのダメージを受けているはずです。その上で金正恩政権が経済建設を急ぎ、父親と異なる政策を進めれば進めるほど、既存の支持基盤や統制手段は弱くなっていくでしょう。その時立ち上がってくる社会の新興勢力をちゃんと把握できるかが、体制維持の鍵を握ることになるのだと思います。

あとは後継者問題ですね。

m-jp.yna.co.kr

自分と別に「第一書記」を置いたとの報道がありましたが、年齢的に子供を指名できる状況ではないはずですので、しばしば囁かれるような健康問題があるのであれば、万が一の場合の後継者は確定させておかないと統治エリート内の分裂を生みかねない、ということになりそうです。

*1:金日成時代は一党支配体制とみなして議論されます