【目次】
大事な妹を「一時避難」させる
最近の情勢のキャッチアップのつもりで読みました。
兄の信頼は厚いが、目立ちたがり屋で「打ち手が当たっている」とは言い難い金与正。今年に入って降格扱いになったのは、兄妹仲に亀裂が入ったわけではなく、妹を思いやればこその「一時避難」であるという見解が示されています。
その他、俺たちの正男暗殺や米朝首脳会談など、最近の北朝鮮を巡る情勢をまとめています。金丸信の息子・信吾氏の話は興味深かったです。
3階書記室のエリートたち
本書の中で最も印象的だったのは、一般的には圧倒的権力を持つ独裁者とみなされている金正恩と、朝鮮労働党本部3階書記室にいる体制エリート「赤い貴族」たちが、ある種の共生関係にあるという指摘です。金正恩はいわゆる「白頭山の血統」にあるものの、統治機構を動かす人脈がない。パルチザン子弟らが多いエリートたちはその逆であり、お互いの立場を維持するために、お互いを必要としているというのです。
そして米朝首脳会議が決裂に終わったように、エリート層が望まない政策は金正恩とて選ぶことが難しい、と論じます。この例で言えば崔善姫がエリート層の一員であるとされていましたが、彼らは米朝関係の劇的好転による国際社会への復帰を、自分たちの特権が失われていくことにつながるとみなし、言ってしまえば金正恩に対してサボタージュを働いたのだそうです。
トップダウン一辺倒では通用しない
ここで思い出されたのが、この本でした。
canarykanariiya.hatenadiary.jp
その議論に即して言えば、アメリカや日本と国交正常化して経済支援(や賠償金)が流れ込み、現在も進む草の根の市場経済化がますます加速して北朝鮮社会における既存の体制支持基盤や統制手段が弱まってしまえば、現体制の維持すら覚束なくなるかもしれないではないか。「赤い貴族」と呼ばれるエリートたちは、そう主張しているように聞こえます。
その声や実力が「最高尊厳」が思い通りに振る舞えないほど大きなものなら、著者が言うように、彼らに直接アクセスしてパイプを作っていくしか北朝鮮との交渉を動かしていく方策はないでしょう。
日米両政府ともに、北朝鮮との関係は最優先となる問題ではなさそうで須賀、本書で指摘されているように金正恩の健康不安説もあちこちで囁かれています。事態の急変も睨みつつ、あらゆる状況に備えておくことが必要だと感じました。