かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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『ジョン・ロールズ』(斎藤淳一、田中将人)

【目次】

 

ロールズ自身の「反照的均衡」

20世紀の政治哲学はこれ抜きには語れない、とされる(そして「難解な本」としても知られる)『正義論』。その著者であるロールズの人生と思索の辿った道を分かりやすく紹介してくれる本です。

しかし私が理解するに、この本の最大のキーワードはよく知られている「無知のヴェール」や「正義の二原理」というよりは、「反照的均衡」だったように思います。まさに無知のヴェールに代表されるような抽象性・仮想性がロールズの議論の特徴と見なされがちで、サンデルらの批判にもその点が含まれていたわけで須賀、むしろロールズは演繹的な原理と様々な形で熟慮された判断を何度も照らし合わせながら、理論全体の説得力を高めていくことを重んじ、それを自らの提出した理論にも適用していきます。

そもそも『正義論』がかなりの時間をかけて練られた著作であり、その大きな反響への応答として書かれた側面もある『政治的リベラリズム』との間の断絶も注目されてきました。しかし、様々な価値観や才能*1を持つ人たちが共存できる社会を実現するための正義*2の構想を示そうとしている点では、現実的なプロセスて洗練を重ねながらも、議論としての連続性は保たれている、と著者らは述べています。こういったある種の「しなやかさ」を感じるには、ロールズの著作と人生の双方を追いかける本書の構成が適しているでしょう。

「原爆投下後の広島を生で見た」といった戦争体験と、その後の思索への影響についての考察も興味深かったです。

分断の時代に共存の契機を探す

この本でも言及のある「リベラル・コミュニタリアン論争」の流れだったのでしょうか、日本でサンデルが注目されるようになったのが私が大学を卒業して間もない頃だったように記憶していて、確か何かの科目の試験でもこの論争について書いたような気がします。

canarykanariiya.hatenadiary.jp

それから10年以上が経ち、価値観が異なる人たちが共存する基盤というか、それを目指すことへのコンセンサス自体が確実に掘り崩されているように感じられます。ロールズに言わせれば、そのような「争いの程度が深まれば深まるほど、その根元にある明確な形をとどめた見解を得るために私たちが上昇せねばならない抽象性のレベルは高くなる」のだそうです。今こそこの課題に取り組むことで「反照的均衡」を続けていけるかどうかが、ロールズの構想のみならず、多様な価値観の共存を掲げるリベラリズムの正念場なのでしょう。

*1:その才能が「今」「たまたま暮らす社会」に適合的かどうかはまさに偶然の影響が大きいわけです

*2:すごく乱暴に言うと、宗教的な信念などの包括的な価値観を丸ごと持ち込んで戦いを繰り広げるのではなく、潜在的にでも共有している・しうる諸価値を探すことで共存しましょう、と言っています