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取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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今日もやらかしてくれた北朝鮮の「西方政策」を伝える重要証言/『三階書記室の暗号』(太永浩)

 

三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録

三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録

 

2016年に脱北した元・駐英北朝鮮大使館ナンバー2*1が、自らの私生活や外交官としての業務の中で見聞きしたことを語った本です。

結構どれを取ってもすごい話です。金正恩の兄・金正哲エリック・クラプトンのコンサートを見に極秘訪英した際に付き添ったエピソードはその際たるもので、謎に包まれた「最高指導者の兄」の一挙手一投足が詳細に描かれています。張成沢をはじめとする多くの粛清についても、著者の知り得た内容が記されています。これらは非常に貴重な証言であることは間違いありません。

その中でも興味深かったのが、北朝鮮によるヨーロッパ方面への外交的アプローチについてでした。北朝鮮外交というとアメリカをターゲットにした瀬戸際政策という印象が強く、それは間違っていないので須賀、言わばその「搦め手」として欧州、特にイギリスとの関係を重視していました。北朝鮮に対して「批判的関与」*2を続けるイギリスと関係を深めながら、「アメリカの北朝鮮攻撃をイギリスが支持するか」を探り続けていました。著者によると、ブレア政権下の英国内でイラク戦争への懐疑論が広がっていた時期、北朝鮮は「イギリスの支援なしにアメリカは攻撃してこない」ことを見抜き、核問題の専門家である李容浩*3を駐英大使として派遣。さらなる情報収集と、イギリスを通じた核開発の時間稼ぎ工作に取り組んだそうです。核開発を巡る当時の外交政策は単なるチキンレースではなく、北朝鮮なりの情報収集と状況判断に基づくものであることがよくわかります。

他にも、ローマ教皇の訪朝を画策したりイタリアにアプローチしたり、果てには「ミサイルを中東のアラブ諸国に売却する」と脅かしてイスラエルから支援を引き出そうとしたりと、著者が外務省で活躍した1990年代以降の北朝鮮は、冷戦後の国際環境を生き抜くべく、西側諸国へのアプローチを続けていたのでした*4。西ドイツの東方政策、韓国の北方政策*5に比するならば、北朝鮮の「西方政策」とも言うべき外交攻勢と、その成果を知る上では必須の書だと思います。

 

いつもありがとうございます。

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*1:脱北した外交官としては最高位であり、妻も抗日パルチザン血統であったことから大きな衝撃を与えました

*2:太陽政策のようなものです

*3:現外相

*4:ちなみに金正恩の母親である高英姫北朝鮮のVIPたちの治療のための渡仏を受け入れていながら、そのフランスが北朝鮮と国交を結んでいないのは、そうしたVIPらと平壌との交信を傍受することで北朝鮮の核開発の意図を知ったから、との推測がなされています。これもすごい話ですよね

*5:いずれも東側陣営への外交的働きかけ