プーチンとの因縁
東ドイツ出身の女性科学者が統一ドイツの首相、そして「自由世界のリーダー」になるまでの軌跡を描いた本です。
ユーロ危機・中東の難民受け入れと台頭するポピュリズム・ブレグジット・新型コロナウイルスなどの課題にどう取り組んだか、またプーチンやトランプ、オバマ、マクロン、習近平といった一筋縄ではいかない各国のリーダーとどう渡り合ってきたかなど、16年にわたる首相時代の課題や業績が紹介されています。
興味深いエピソードにも事欠きません。共に東ドイツで長く過ごし、それぞれドイツ語とロシア語を操るプーチンとの一連の「因縁の対決」や、メルケルがそのプーチンのものまねをして笑いを取った一コマ、盗聴問題で一時大きく傷つきながらも、実質的な自由世界のリーダーの役割を「譲り渡される」ことになった*1オバマとの関係などは描写もリアルで、価値ある記録とも言えるでしょう。
それのみならず、あえて西から東に向かった牧師の娘としての出自、科学者から政治家への転身、再婚と明かされない(見せびらかせない)プライベートなど、「人間・メルケル」の実像にも迫っており、重層的な人物理解を目指すことができます。
東ドイツという監視国家に育ったがゆえに自由主義を一貫して希求し*2、派手なパフォーマンスや美辞麗句より、長時間の膝詰めでの交渉による歩み寄りや実直な物言いを重んじ実践してきました。その積み重ねが、彼女が望むと望まざるとに関わらず、「欧州の女王」「自由世界のリーダー」と見做されるようになっていった所以なのでしょう。
個人としての進化と世界の激変
一方でそれは、彼女自身の不断の変化(進化)と、国内外を問わない政治環境の変化ゆえとも言えると思います。所謂リーマンショックに端を発するユーロ危機では「慎重すぎる」対応が危機を拡大させたと批判されましたが、後のドイツへの難民受け入れは「らしからぬ」果断が驚きをもって迎えられました*3。
このように彼女が過去の経験を糧に、判断のあり方を変化させている半面、ドイツにとって身近な仲間であったはずの米英を中心に自国第一主義が吹き荒れ、中ロなどの権威主義国家が実力を蓄えor行使するというように、世界もまた激変しています。ドイツ国内でも、AfDの台頭は政治風景を確実に変化させています。
そうした中で、北極星のように不動ということはあり得ないにせよ、長期にわたって比較的安定した態度で、安定した政策や発信を続けた点も、彼女が国内外の政治舞台で重視され続けた要因なのでしょう。保守化する世界の重要な一角を占めながら16年間大きくはブレなかったことで、保守政党のトップが、世界全体の道徳的・規範的立場を代表する存在になったということは言えるのだと思います。
どんな組織でも、強かったリーダーの後任者は苦労するものです。それはドイツのショルツ首相はもちろん、アメリカのバイデン大統領に対しても言えることです。ロシアのウクライナ侵攻で世界の分断はますます進んでいます。その中で日本のリーダーが果たせる役割はあるでしょうか。