現場を離れて久しい新聞記者のブログ。 読んだ本の紹介や旅行記(北朝鮮竹島イランなど)が中心です。 

100年前の大戦を知る2冊

八月の砲声 上 (ちくま学芸文庫)

八月の砲声 上 (ちくま学芸文庫)

八月の砲声 下 (ちくま学芸文庫)

八月の砲声 下 (ちくま学芸文庫)

第一次世界大戦 (ちくま新書)

第一次世界大戦 (ちくま新書)

ちょうど100年前の夏に起こった大戦争に関する本をまとめて紹介します。
『八月の砲声』は、開戦に至る経緯から1914年9月上旬のマルヌの会戦まで、独仏英露の主要アクターたちの動きや考えを実に克明に叙述するノンフィクションです。約半世紀前に出版されてピュリッツァー賞を受賞。当時のケネディ大統領はこの本を読んで眼前のキューバ危機に臨んだ、とも言われている有名な作品です。『第一次世界大戦』の方は、大戦の戦局・外交上の駆け引きといった展開や各国の「銃後社会」の様子、また大戦の研究史や歴史的意義などをコンパクトに網羅する新書で、こっちから先に読んでおけば『八月の砲声』もより楽しめたかもしれません。
『八月の砲声』は上下巻合わせて1000ページ近い大部な作品で、先に挙げた各国の政治家や軍人がわんさか登場し、それぞれが非常に生き生きと振る舞っています。よくもまあ、ここまで詳細に調べ、ここまで詳細に書き尽くしたなと感心させられます。それは各国の外交上の駆け引きであり、また戦記でもあるわけで須賀、いくつか印象的だった箇所を紹介させてください。
作品の序盤に現れ、かつ一番衝撃的だったのは、サラエボ事件後にドイツがオーストリアに「ロシアとの間に紛争が起きたら、誠意ある支援を期待してもいいよ」と請け合った、と実にサラッと述べられていたことでした。このことは新書の方にも「この無条件支持は『ドイツの白紙小切手』と呼ばれ、ドイツが開戦に大きな責任があることの重要な根拠とされている」と出てくる話なので須賀、まさにその指摘の通りですよね。いかにロシアへの牽制が目的だったとはいえ、これでは「そっちの都合で戦争してくれてもお付き合いしますよ」と言っているに等しいわけで、そもそもそれが自国の利益に適っていたのかすら怪しい気がします。いわゆる同盟に際する「巻き込まれ」の問題というやつで、例えば英仏協商締結時のイギリスは、フランスがドイツと戦争になった場合、そこに巻き込まれてしまうことを非常に懸念していたそうですし、現在で言えば、アメリカは同盟国である日本と中国との紛争に引き込まれるのを警戒しています。その意味で、ドイツはオーストリアにいとも簡単に白紙小切手を切ってしまったように見える。しかも、脅しのつもりだったのかロシアに発した最後通牒も奏功せず、イタリアを三国同盟に引きつけておくためには防衛戦争という形をとる必要がありながらも、ついにはドイツ自らが露仏両国に宣戦布告するに至るわけで、ティルピッツ海軍大臣が「なぜ宣戦の必要があるのか」と叫んだのもむべなるかなという気にさせられます。
そして往々にして、そういう時に出てくる理屈というのが「計画は変更できない」「もう動き始めている、今更変えられない」という保守的な主張なわけです。これは悪名高いシュリーフェンプランを擁したドイツのみならず、簡単に言えば正面突破を図ったフランスも然りで、さらには「見たくないものは見ない」というか、計画や想像と矛盾する事実が都合よく解釈されたり、場合によっては無視されたりするということの積み重ねが軍事・外交上の失敗を招いた事例も数多く出てきます。そういう部分を読み進めるにつけ、『13日間―キューバ危機回顧録』との問題意識の共通性、言い換えればケネディはなぜこの本を指針としたのか―が分かってきたように思えました。
あと、戦時における軍の作戦指揮と政治による決定の棲み分けがどのようになされたか、という視点で読むのも面白いかもしれません。例えば、隣接する仏軍とのディスコミュニケーションなどもあって戦わずに撤退を繰り返していた英軍のフレンチ司令官に対し、本国が「お前のやってることは英仏協商にもとる!」と怒るシーンが出てくるので須賀、これなんかは「ここから先は軍事ではなく政治の領分だぞ」と言っているわけで、満州事変の時の日本とは対照的なわけですよね。
最後に一つだけ文句を言えば、最後のまとめ方でちょっと論理的におかしい部分があったように思います。「シュリーフェンプランがベルギーを通らなければ、マルヌで戦術的により有利な立場を獲得できたのに」という命題は反実仮想としておかしくないですか? 些事と言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、この計画があって、それに沿って進めたからこそそういう展開になったので、これは可能性の枝分かれ云々というより、それを根元から伐採するような議論の建て方に思えてならないので須賀…
 
ともあれ、『八月の砲声』への言及ばかりになってしまいましたが、新書にもあるように、日本では次の大戦と比較してなかなか注目が集まらないながらも、国際組織(国際連盟国際連合)、国民国家、民主国家、福祉国家と、まさに現代(国際)政治の基礎となる制度や政治状況を生みまたは強化したのが、100年前のこの戦争でした。タックマンが活写したヒンデンブルクやペタン、チャーチルらの名を挙げるまでもなく、この戦争は次の大戦に、そして今につながっている。そのことを理解する意味でも、いい読書体験だったと思っています。