戦後の国際政治を見ていると、核開発を検討・模索した国家の中で、ある国は実際に核保有に至り、別の国はそれを放棄したり、断念したりしているのが見受けられます。その違いはどこにあるのか。核拡散が焦点化した中国以降の例についてパターンごとに分析した本です。
具体的には、核保有に至った中国・イスラエル・インド・パキスタン、これを断念した(させられた)南アフリカ・イラク・リビア・ウクライナ、今まさに問題化している北朝鮮・イランが扱われています。最初にかなり精緻なモデルが提示され、その上で各事例をそこに当てはめていく方式で議論が進められていきます。そのモデルをここでご紹介してもいいので須賀、トランプ大統領就任前に出版されており、その後の米朝会談などの展開はフォローされていませんので、ここで私がこのモデルを応用してその後の推移を見ていきたいと思います。
まず、核開発を進める要因には1安全保障を図る2国際的威信3国内政治上の要請、抑制する要因には4規範5経済的不利益6外交的不利益7却って安全保障上不利益8財政負担があり、これらの比較衡量の枠組みとして9国家の基本政策が内向きか外向きか10指導者の性向11体制が民主的か専制的か、があるといいます。また、核保有を大っぴらに宣言するか隠すかは、概ねこの推進要因と抑制要因の兼ね合いによるとしています。
そして、これを阻止するための取り組みを、NPTなどの不拡散レジームの対応、先述の要因に働きかける外交的手段、軍事的手段に分類しています。
トランプー金正恩時代の北朝鮮核問題で特徴的なのは、あくまでも米朝首脳会談の実施に見られるような「米朝の歩み寄り姿勢」にあると考えます(いわゆる「無慈悲チャーハン」的なやりとりは程度の差こそあれ、現象的にはこれまでも行われてきた)。そうすると、その「変化」を生み出したのはどの要因の変化でしょうか?
この枠組みでまず挙がるのは、5の経済です。制裁が一定以上の効果を上げているという分析は多くなっていますし、経済構造としても、国内で市場経済的な活動が広がり、中国などとの(主に非公式な)経済交流も重みを増しているようです。このように経済の対外依存性が増すことは、一般に制裁への脆弱性を意味しますし、9が外向きのベクトルに傾いていくこととも関係あるでしょう。8の財政負担ももちろん関連しましょう。
一方で北朝鮮近海に空母が増派されたことなどから、「何をやるか予想しづらい」トランプ大統領下で、これまで通り瀬戸際政策を展開することの危険性を感じた(7)可能性はあるでしょうし、米朝会談前後の北朝鮮報道を直接間接に見ていると、2や3の威信を「米国大統領と直接交渉できる立場にあること」によって追求しているようにも思え、そうであればこの点における核の誘因は幾分和らいでいるかもしれません。
米国側から見ても、ハノイでの米朝会談は不首尾に終わったものの、トランプ大統領が北朝鮮の経済的繁栄の可能性に度々言及していたのは、5の認識を踏まえたものでしょう。ただやはり、この先も最大の焦点は1の安全保障であり、南北関係が比較的安定していることを踏まえても、引き続き米朝の交渉が問題全体のカギを握るはずです。
そうした場合、本書のモデルの射程外で気になってくるのは、やはり米国など核拡散防止に取り組む側の事情です。ハノイでの首脳会談の背景に、米国大統領のスキャンダル捜査が絡んでいるとの観測はあちこちでなされていましたし、もう一つの「進行中案件」イランでは、この本の中で画期的と評価された合意をその米国大統領がほぼぶち壊しつつあります。以下に引用する本書の一番最後の段落が、期せずして一番身に沁みる国際情勢になったしまったことを思わざるを得ません。
本書で見てきた各国の事例が明らかにしているように、核開発を進める側は、強い決意を持って長い時間をかけて少しずつこれを進めていくのが常である。したがって、これを防ごうとする側にも、強い決意に基づき長期にわたって緩みなく核拡散防止のための措置を取っていくことが求められる。核拡散防止の観点からの政策の一貫性*1はとれているのか…
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