かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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「危機」にせり出す近代天皇/『近代天皇論』(片山杜秀、島薗進)

今日は、数少ない友人たちと最近始めた「ゆるい読書会」*1があったので須賀、不幸にして今朝、長男のインフルエンザ罹患が判明したため、物理的に出席することができませんでした。

ただ、2冊のうち1冊については私が選書に関わっていたため、途中からオンライン*2で参加させていただきました。その1冊というのがこちら。

政治学と宗教学の専門家である二人が、それぞれの観点から日本の近代と天皇のあり方について論じた本です。「平成最後の会だろうから」という安易な理由で推薦しましたw

明治政府は、「王政復古」によって「近代国民国家」化を目指すというアクロバティックな目標を掲げ、国民に「天皇の臣民」意識を持たせることで彼らを動員していきました。ただ伊藤博文ら為政者は、こうした天皇信奉の「顕教」を掲げる一方で、西洋流の立憲君主制という「密教」で国を運営していこうとしていました。

しかし、明治国家を総合的に運営してきた元老たちが、歴史の表舞台から去っていくに従って、顕教密教で制御しきれなくなり、敗戦という破局を迎えたー。

その反省から「顕教」的な理屈を封じようとしたのが象徴天皇制であり、今上天皇の退位を巡る「お言葉」は、昭和天皇人間宣言の延長線上にあるものだ、という趣旨の議論がなされています。

 

個人的に興味深かったのは、戦前と戦後における天皇の「役回り」に、一つ共通性があるように感じられたことです。そもそも、明治憲法下での各機関はかなりタコツボ的に並んでおり、上記のようにそれを統合して、国家としての意思を決める役割を担っていたのが元老たちでした。

canarykanariiya.hatenadiary.jp

この本で詳述されているように、元老は憲法上の根拠のない「黒幕」*3的な立ち位置の存在でした。伊藤はその機能を枢密院に移していくことを考えていたようで須賀、自身が暗殺されてしまったこともあり、「密教」の教義を(一定以上)理解していた担い手たる「黒幕」たちは、時が流れるにつれ消えていくことになりました。

そうして、戦前日本の基本的運営原則だった「密教」が立ち行かなくなった*4際に出てきたのはもちろん「顕教」の建前で、その末に起こった破局的な戦争は、皮肉なことに天皇の「聖断」によって終えねばなりませんでした。ものすごく乱暴な言い方をすれば、天皇はこれまでのやり方でうまく行かなくなったあたりで担ぎ上げられて、その先の経緯に責任がなかったとは言えないにせよ、結局そのケツを拭くことになったのです。

対する戦後には、経済成長と福祉国家化が並行して進んだ時代がありました(日本では高度成長期、世界的には「黄金の30年」と呼ばれる時期です)。そしてまたしても、その基本路線が立ち行かなくなり、経済的格差についての「自己責任論」までが広がりを見せる中、戦災や災害で苦境に陥った人たちに寄り添う今上天皇の献身的な立ち居振る舞いがクローズアップされています。

対談では、穿った見方と断りながらも、福祉国家が解体し、経済的再分配が難しくなっている分を「天皇の慈恵」という一種のパフォーマンスで取り繕う形が生まれているのではないか、との指摘までなされています。こちらも、巨視的に見れば天皇は広がりつつある福祉国家の歪みを埋める役回りを演じているのではないか、ということです。

戦前の立憲君主制、戦後の福祉国家体制。戦前戦後のどちらも、国家の大きなデザインがうまく機能しなくなった「危機の時代」に天皇の存在感がせり出し、言わば「ケツを拭かされている」ようにも見える。対談からは、近代における天皇が(結果的に)果たした/果たしつつある役割に、そんな一側面があることが浮かび上がってくるかのようです。

完璧な国家体制や、完璧な国家体制の設計指示書(=憲法)などというものはないでしょう。大きな方向性で行き詰まった時に、天皇という存在がせり出してくるというのは、他国にはないある種の「安全装置」のように見えるかもしれません。ただその一方で、世襲でその地位が決まる天皇に対して、危機の時代における「安全装置」の役割を押し付け続けることが、果たして長期的に見て合理的な判断なのかというと、その点には疑問がなくはありません。

そう考えていくと、対談での文脈と重なるかどうかわかりませんが、「天皇の地位は国民の総意に基づく」ことを強調してやまない今上天皇の言葉には、天皇という存在が再び前へ前へと押し出されるかのような世相への、なにがしかの思いが込められているようにも思えてきます。

 

…まあご出席の皆さんは、会場が密室のカラオケボックスだったことをいいことに(?)もっと色々楽しそうな話をしていましたが(笑)、私の感想としてはこんなところといたします。それにしてもやはり、感想や思いつきを述べ会うというのはいいですね。様々な視点を得ながら、自分の思いも整理できた気がします。

 

いつもありがとうございます。

 

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*1:テーマに選んだ本をきっかけにおしゃべりをする会

*2:阪神ではない方のメッセンジャーで通話

*3:実際にそう批判されました

*4:天皇機関説事件」は象徴的ですね