- 作者: 伊藤之雄
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/02/01
- メディア: 新書
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そうした勢力を体現する人物とみなされ続けてきたのが、この山県有朋です。西郷隆盛・大久保利通の死後、藩閥内で最大の勢力を誇った*1長州閥にあり、陽気な性格で政党政治にも自らの歩みを進めた伊藤博文と双璧をなした彼は、陸軍や官僚、枢密院、宮中に隠然たる影響力を持ち、陰険な手段を以て政党政治を妨害し続けた―と当時も今もみなされています。この本では、豊富な一次資料をもとにその「陰険な藩閥権力者」の実像に迫っています。
興味深い発見は多かったので須賀、まず印象的だったのは、彼は若いころから病弱で、しかも逆境や重圧のかかる局面に体調を崩すことが多かったということです。特に維新初期ほど、生真面目な性格が災いしてか心身ともに打たれ弱かったようで、西郷や伊藤・
もう一点は、先ほど触れたような伊藤との関係です。まさに陰と陽の2人は仲も悪かった…と私も思っていましたが、年下ながらも大久保の後継者として明治政府を主導した伊藤は、山県の政治的危機に幾度も手を差し伸べました。政党政治に対する見方で大きな溝ができた後も、山県が自ら日清戦争に出征することに感激した伊藤が彼を見送るなど、決して袂を分かったわけではなかった。その辺の交流を見ていると、一概に「山県は陰険だ」と言えないような気がしてきます。
ただ一方で、ジャーナリズムや世論が彼を陰険と見た理由もよくわかります。陸軍最大の権力者が軍部大臣現役武官制を敷く―陸軍が陸軍大臣を辞任させ、内部から後継者を出さなければ内閣を倒すことができるような仕組みを作る―というのは、外から見れば時の首相を従わせ、場合によっては挿げ替える*2ためのいかにも陰湿な手口に見えるでしょう。陸相人事を自分と長州閥の後輩*3で実質的に決めていく仕組みを作りあげたように、非公式で厳しく言えば非立憲的な*4慣例を重視する点も、同様の批判は免れません。
こうした政治手法について著者は、維新の成果たる明治国家を守り、究極的には幕末に散っていった戦友たちに報いるためにやむを得ないと考えていたのであり、ただ老いて自らの権力に恋々としていたわけではない、と述べているので須賀、私が読む限り特に後半部分に関する論拠はあまり見当たりませんでした。さらに言えば、国家のため、道を誤らないためには自分の力が必要だとの信念に基づく行動であったとしても(多分心からそう思っていたのだと想像しま須賀)、そうであれば多少陰険な手段を用いてもいいのだ、とはならないと私は思います。自分が権力を握るのが国家のためになるのだから手段は問わない、というのはどう見ても身勝手な論理ですし、まさに今日公示された総選挙のため衆院を解散した安倍首相のそれと大差ないように思えます。
安倍首相の名前が出てきたので、最後にこの話を。私が購入した時の帯には、こう書かれていました。「安倍晋三まで続く『長州閥』を作った男 不人気なのに権力を保ち続けた、その秘訣とは?」。現職首相との共通点をさらった上手いコピーだと思いま須賀、その「秘訣」がそれぞれ異なるのは明らかでしょう。山県は藩閥に支えられながら生真面目に政治家としての鍛錬を積み、そして長生したことが大きかったので生姜、安倍首相の場合は「他にいい人がいないから」であることが明らかになってきました。しかし一方で「安倍首相に代わる一見よさそうな人」もここ数日で世間的にどんどん馬脚が現れていると言うべきで、果たしてどこまで首相が「不人気なのに権力を保ち続け」るのか予測しづらい状況にはなってきました。しかし、山県の時代とは異なり、衆院選の結果が次の首相指名に結びつくことは制度的に保障されているわけで、当時の藩閥批判勢力のように「陰険な手法を弄する隠然たる権力者」に隔靴掻痒する必要はないはずです。