現場を離れて久しい新聞記者のブログ。 読んだ本の紹介や旅行記(北朝鮮竹島イランなど)が中心です。 

『独裁者のためのハンドブック』(ブルース・ブエノ・デ・メスキータ、アラスター・スミス)

独裁者のためのハンドブック (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

独裁者のためのハンドブック (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

タイトルといい、似顔絵つきの「独裁者マップ」といい、独裁者をからかうネタ本かなあ…と思いきや、さにあらず。支配のありようを支配者とその基盤となる人々との関係性に着目する「権力支持基盤理論」に基づき、一般的に「独裁」とされるものもされないものも説明してしまおう、という政治学の理論的な本です。具体的には、支配者から見た「盟友集団」(かけがえのない者)と「実質的な有権者集団」(影響力のある者)、「名目的な有権者集団」(取り換えのきく者)という三つの政治的な「階層」を措定し、それぞれの関係性から支配の確立から維持、反乱の抑圧、さらには公共事業や海外援助、安全保障のメカニズムまでを論じます。さらには、その三つの集団の大きさのバランスのバリエーションで、独裁体制のみならずあらゆる政治体制を射程に収め、議論を展開してしまうのです。
その議論の力点は分かりやすく、「どんなリーダーも単体で存在するものではない。権力がどのように作用するか理解したいなら、朝鮮民主主義人民共和国金正日は何でもしたいことができると考えるのはやめなければならない」。即ち、盟友集団の支持を調達し続けなければならず、そのためには彼らが満足するだけの(主に経済的な)見返りを与え続けなければならない―ということです。そして、盟友集団が大き過ぎればその全員を個人的な見返りで手なずけることはできなくなり、むしろ公共財を提供する方が支配者にとっても都合がよく、また、どんな公共財が望ましいのかを支配者が知るためにも、メタ的な公共財とも言うべき精神的自由の諸権利が重要となる。そのようにしていわゆる民主主義国家とされる国々にも論及していくのです。
世界各国の事例に触れながら、こうした明快なロジックを補強・深化させていく手際は鮮やかなものでしたが、一方でどうしても盟友集団と支配者の関係に論点が集中しがちだった分、後二者の概念がうまくリンクしてこなかった感は否めず、その分やや平板な議論になってしまったような気もします。例えば、著者はアメリカの盟友集団を「ある大統領候補を対立候補に対して優位に立たせるのに最低限必要な有権者によって構成される」非常に大きいもの、と捉えていま須賀、常にその規模を大統領が念頭に置いて政策判断をしてきていると言えるでしょうか*1
また著者は、盟友集団の規模と戦争での支配者の志向性について、大きな盟友集団を持つ国は支配者がその座を維持するためにも勝利を追求する*2のに対して、それが小さい国では、極論すれば盟友集団の忠誠を維持できれば別に負けたっていいと考えている、と主張し、湾岸戦争がその仮説を見事に裏付ける事例として紹介されています。その例については分かりま須賀、では―私はそれが起こることを望みませんが―前者に日本、後者に中国を当てはめた場合に、果たして中国の指導者は、共産党上層部に十分な見返りを与えられれば、戦争の結果として日本に負けてもかまわない、と判断するでしょうか? その時、指導者が動向を注視するだろう国内世論の意味合いは、果たして「取り換えのきく者」に過ぎないのでしょうか?
私の結論を申し上げるならば、当然ながら統治や社会、取り組むべき事象の構造が複雑になればなるほど、この三つの集団の枠組みは流動化していき、この理論の「神通力」は制約される。つまりこの分析手法はやはり、各集団が固定化された「古典的な」独裁国家でより威力を発揮すると思うのです。
その点で言えば、独裁体制の危機は、盟友集団の陣容に変更が起こり得る体制発足初期と、支配者が盟友集団に見返りをバラまけなくなる財政危機に陥った時、そして盟友集団が「次なるパトロン」を求めざるを得ない支配者の死の直前に訪れる―という分析は、北朝鮮で考えても興味深いものです。金正恩張成沢を一気呵成に粛清してしまったのも、第一義的には「やられる前にやれ」という盟友集団の陣容変更と理解できますし、直接の契機として経済政策での路線対立や、「カネの在り処」についての暗闘が囁かれている点も見逃せません。そして著者は、独裁体制は発足序盤*3を乗り切れば―私が何度か使ってきた言葉を使えば「宮廷内の再編を済ませられれば」―長期政権の可能性が高まると指摘しています。
最後の章では、インターネットなどのコミュニケーション技術が独裁国家の人々の間に公共圏のようなものを作りあげ、また経済活動を活発化させるベクトルに支配者が言わば乗る*4ことで、ソフトランディング的に自由化が進む可能性に期待を示しています。楽観的*5と言えばそれまでで須賀、公式にも非公式にも、北朝鮮国内での携帯電話の普及はこのところ進んでいるそうですし、その辺も含めて今後、どうでしょうか。

*1:例えばイラク戦争などではどうでしょう

*2:しかもそれは十分条件ではない

*3:正恩体制を「序盤」と評すべきかは本来、部分ごとに分けて検討すべきと思いま須賀

*4:経済が活性化すれば税収が増え、まずは盟友集団に見返りを配るべき支配者の財布が潤います

*5:原著が「アラブの春」の時期に書かれたことも影響しているかもしれません