かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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『金閣寺』(三島由紀夫)

金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)

実際にあった金閣寺放火事件に材を取った有名な小説です。と言った時点で、この小説のオチは明らか*1ですので、それを踏まえた上で話を進めるなら、主人公が金閣寺を焼くに至る経過が非常によく構成されているなあ、というのが先ずの読後感です。
読みながらちょっとハラハラさせられるような出来事を積み重ねつつ、徐々に徐々に、金閣寺炎上というクライマックスへと近づいていく。そうでありながら、主人公の意識の中での彼と金閣寺との距離は、様々な出来事や彼の想念によって近づいたり離れたりしていき、まるでラストシーンへ向けて螺旋階段を上っていくような感覚です。ただまあそれは、その最上部に辿りついたから分かることでもあって、逆に最上階にあるものがなんであるかあらかじめ読者が了解しているからこそ、著者がこうした手法を採り、または採りえたようにも思えてきます。
裏を返せば、作り込み過ぎと言えば作り込み過ぎで、観念的過ぎると言えば観念的過ぎるというのも感想の一つです。それは、美だとか認識に関する主人公らによる抽象的談義というより、彼の異性との関係性が象徴的です。ストレートな表現をすれば、彼は異性との経験がない童貞だったわけで須賀、それは彼がそれを脱すべき機会に恵まれてこなかったという意味ではなく、いざというところで金閣寺の幻影に襲われてその気がなくなってしまうということが幾度となく繰り返されたためでした。しかし、主人公が金閣寺を焼くことを決意すると一転、「自分の人生は女性との関係によってではなく、やがて金閣寺を焼くだろうことによって定められているんだ」とかなんとか言って、預かった学費で風俗に行ってあっさりことを遂げてしまうのです。図式としては綺麗なので生姜、そんなもんでしょうか。加えて、吃音に悩まされ、内界と外界の隔絶を常に意識してきた主人公の内心に、決行の夜にさざ波が起こるシーンなどは、読んでいて実に鮮やかだと思う半面、うま過ぎるなあと感じたのも事実です。
それはともあれ。著者・三島由紀夫は、書く幅にある程度制約がある題材の方が、自身の「告白」がしやすいと述べているそうで須賀、確かに先述の抽象的談義などを(全て得心するのは難しかったので)読み流していると、その言葉は恐らく彼の本心なんだろうということに加え、書いている著者自身がなんだか楽しそうだなあという印象を持ちました。どうしても彼の人生のラストシーンが私にとっては鮮烈で、その先入観でこれまでなかなか本棚に手が伸びなかったので須賀、別の作品も読んでみたい、と思わせる楽しい読書でした。

*1:金閣寺を焼くこと