【目次】
友人とのオンライン読書会で扱った本、その一です。
映画化されるそうですし、筋書きには触れません。
アイデンティティの複数性
「過去に関係なく人を愛せるのか」というところが主題とされているのは否定しませんが、私の印象に残ったのは、人間の多面性、もっと言えばアイデンティティの複数性でした。
canarykanariiya.hatenadiary.jp
この本からの着想でもあるので須賀、一人の人間には先天的・後天的を問わずさまざまな属性があります。性別・年齢・人種・出生地・誕生月(「◯◯座」とかも)・血液型・生まれた家庭の環境もそうですし、勤務先・学歴・趣味・好きなスポーツチームなどもそうでしょう。それぞれがその人を形づくる一要素であって、逆にいうと一要素に過ぎないはずで須賀、特定の属性だけをあげつらわれ、それがその人の全てであるかのように批判・中傷されることもしばしばあります。
主人公が「ある男」に惹かれた理由
アマルティア・センは同書で「単一基準のアイデンティティでもって人間を切り分けるあり方が暴力を生み出し、増幅することを指摘し」*1ました。ここでやっと『ある男』に戻ると、その主人公が「ある男」に惹かれるように謎解きを続けたのには、ともに先天的な(自分が選び取ったわけではない)属性の一つによる暴力に晒された/つつあることが関係あるのではないか。さらに言うと、著者はまさにセンの言うような暴力の発露や増幅に警句を発する意図があったのではないか。そう感じました。
よく作り込まれたストーリー
読書会の参加メンバーからは「ちょっと作り込み過ぎ」という感想もありましたけれども、しっかり構成されており、読み進めていて十分楽しかったです。かなり俗っぽい言い方にはなりますけど、夫婦の倦怠期的なシーンも一つの「スパイス」として描かれていましたね。
*1:以前のレビューからの引用です