現場を離れて久しい新聞記者のブログ。 読んだ本の紹介や旅行記(北朝鮮竹島イランなど)が中心です。 

『京都ぎらい』(井上章一)

京都ぎらい (朝日新書)

京都ぎらい (朝日新書)

京都府京都市右京区嵯峨出身*1の著者が、自分をよそ者扱いする「京都人」に対する怨嗟、というより近親憎悪を綴りながらそのメンタリティの一側面を浮かび上がらせた「異色の」京都論です。

私を含め京都になじみのない人間には、この文(の前半部分)は論理的に矛盾しているように見えるで生姜、事実、この本の論旨を一文で要約するなら大体こんなところです。じゃあなぜ、「京都府京都市右京区嵯峨出身者が京都人によそ者扱いされる」などという話が成り立つのか。それは、嵯峨は行政的には京都市だが、歴史的には(そして今も)京の都の外、つまり「洛外」とみなされてきた地域だからだ、と著者は恨みがましく言います。しかもその構造は入れ子になっていて、「洛外」を馬鹿にした西陣出身者はさらに中心部の出身者に「西陣ごときが生意気だ」とこき下ろされ、かく言う著者もさらに西の外れにある亀岡市には(ry
こうした地理的アイデンティティが強固に階層化された場所として、京都を描き出しています。
個人的体験を踏まえても、この「磁場」は言われてみればわからなくもありません。私は生まれて間もない時期から小学校へ上がる頃までを三重県名張市で過ごしました。平井堅の歌に「桔梗が丘」という曲名のものがあるそうで須賀、その辺です。たまに「これまで住んでいた場所」というような話になると、(三重県名張市が有名だとは思わないので)「8年くらい関西に住んでいた」と答えるのが常套句になっているので須賀、それこそ京阪神みたいな関西の主要エリア出身者には、「三重は関西ではない。東海地方だ。三重にいただけで、さも関西に住んでいたような顔をするな」という言葉を投げつけられることが少なからずあります。私自身については、他の様々な要因から地理的アイデンティティで言えば「九州出身者」とみなされることが専らで、それに特段の不満もないのでわざわざ今から「関西人」を僭称する意図はないので須賀、よく歯医者だ何だの用事で奈良県内には行ったけれども、津や四日市、ましてや名古屋の土を踏んだ覚えはないというのが幼少時代でありましたし、もともと巨人ファンだった父親以外、周りの人は全て阪神ファンだった…and so onというような地域が名古屋文化圏に属するとは到底言いがたい*2、と私は考えます。まあどっちでもいいんですけど(笑)、地理的アイデンティティで自らをアイデンティファイするということは、読んで字の如く他者と自分を識別することですので、「紛い物」を排除する必要もあるということなのでしょう。
嵯峨ー亀岡や、宇治ー城陽といった「レベル」よりもさらに「低次元の」せめぎ合いをここにお見せしましたが、明らかなのはこの構造がある種の中華思想として存在し、機能しているということです。ではその「中華」の源泉はどこにあるのでしょうか?西陣を馬鹿にしていた人は、またどこかの人に「田舎者が」と見下されるのでしょうか?天皇のいる(た)京都御所?もしそうなら、丸山眞男がファシズム批判でした話と構造があまりにも似ていて、ちょっとギョッとします。地理的な「京都ヒエラルキー」の信奉者は須らくファシストだ!という意味ではなく、こういう一見他愛のない人間感情のありようの類似物をも、ファシズムは組み込んでいるようだということにおいて、ですけれども。
ちなみに本書の中間部分では、京都の寺は拝観料という「寄付」への非課税を、市との長い闘いの末勝ち取ったとか、そうした「努力」によって潤沢となった寺社マネーが、一面では文化財花柳界を支えている、といった寺社経済をめぐる話題も紹介されていて、そっちもそっちで面白かったです。

*1:長く育った

*2:もちろん引っ越した後に知ったので須賀、地デジ化の時期に「名古屋ではなくて大阪のテレビを流してほしい」という動きがあったそうです