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関ヶ原での戦法を踏襲した西郷小兵衛/「西郷どん」第四十六話

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西郷軍は鹿児島を進発し熊本にさしかかりま須賀、物量に勝る政府軍に対し田原坂の戦いなどで敗戦を重ねます。西郷隆盛の末弟・小兵衛は戦死し、長男の菊次郎も足を負傷。隆盛は、延岡で軍の解散を宣言します。

小兵衛があのように、菊次郎の盾となるように死んでいったのかについては情報を持っていませんが、あれは古来から薩摩武士に伝わる「捨て奸」戦法を意識したものと思われます。これは簡単に言うと、大将を逃がすために家臣たちがどんどん捨て石になっていくという撤退戦法で、関ヶ原合戦では徳川家康の陣を突破して離脱した島津義弘を逃がすために、家老の長寿院盛淳らが「捨て奸」となり戦死しています。小兵衛が敢えて、自らの素性を名乗って敵に向かっていったのは、そうした意味合いが強いのでしょう。

あともちろん、糸が延岡近辺の西郷軍の本営にまで来たというのは史実ではないでしょうが、糸のあのセリフは考証の磯田道史氏の実感がこもっていたのではないかと想像します。

canarykanariiya.hatenadiary.jp

この本で彼は、良くも悪くも西郷隆盛のような規格外の人間を家族に持った者たちの苦労を何度も慨嘆しています。それを糸が代弁したのかなと想像しました。

最後に一点、もうちょっと描き込んで欲しかったのは大山綱良のシーンでした。彼は言わば、(旧主君である)島津久光と(実質的な政府の首班である)大久保利通、そして(抜群の人望で不平士族を率いる)西郷隆盛という三者の板挟み状態になっていたはずで、その辺の微妙な立ち位置とその結末が描かれれば、幼馴染からスタートした彼らのストーリーに一つきれいな形でけりがつけられたのではないのかなと思いました。

あのシーンで大久保が言った「おいが政府じゃ」は印象的でしたが、ちょっと本人がそんなことをいう人物だったかはともかく、あと一年ほどは実質的にその言葉通りに事態が推移します。

 

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