かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)

なぜスペインがインカ帝国を征服し、その逆ではなかったのか?人類の歴史はなぜ大陸によってこんなに違うのか?その問いに、約13000年前からの人類史を辿りながら答えようとした本です。それこそ直接的には、スペイン側だけが「銃・病原菌・鉄」を持っていたからだ、と答えても間違いにはならないので須賀、じゃあそれをインカ側だけが持つことにならなかったのはなぜかを問うていきます。
この本で著者は、考古学はもちろん、生物学や言語学分子生物学といった幅広い学問領域を行き来しながら分析・立論を進め、その違いが人間ではなく、環境の違いによるものであることを示していきます。具体的には、ユーラシア大陸(特にメソポタミア)には栽培化しやすい植物や家畜化しやすい動物が多く、食料生産が始まることで人口増とのスパイラルが起こったことや、東西方向に長いユーラシア大陸の方が同緯度(似た気候)沿いに技術や動植物が広がりやすかったこと、そもそも大きい大陸の方が技術革新が生まれやすかった(広がりやすかった)ことなどを挙げて、技術が進歩し、多くの病原菌への耐性がある文化が育つ要因は、南米よりユーラシアの方が大きかったと結論づけています。
かいつまんでこれだけ言われてもさもありなんという感じかもしれませんが、この本のすごいところはそれを広大な視野で、かつ具体的に論じていることだと思います。往々にしてスケールの大きな話は抽象的・観念的になり、具体的な議論は(射程は長くても)それ自体は小さな話に終わってしまいがちであるのに対して、この本ではそれらを両取りしてしまったかのようです。ただ著者も認めているように、ではなぜ山田長政ではなく、鄭和でもなくピサロだったのかという疑問に対しては、まだまだ深堀する余地があったように思います。
この本は「ゼロ年代の50冊」の第1位に選ばれるなど当時の世界的ベストセラーで、2016年の秋に読んでしれっとレビューすべき本ではなかったかもしれません(笑) 事実、分子生物学の分野ではこの本の記述を覆す成果がすでに得られているようです(現生人類にネアンデルタール人の遺伝的影響が刻まれている、など)。まあそれでも、13000年の人類史を語った本としての価値は当面色褪せることはないと思いますし、ますますはびこるようになった人種主義の足下をしっかりとさらっていくという意味においては、残念なことに「今こそ読むべき本」になっているのかもしれません。