現場を離れて久しい新聞記者のブログ。 読んだ本の紹介や旅行記(北朝鮮竹島イランなど)が中心です。 

駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜三日目・アユタヤ遺跡巡り

象に乗って遺跡見学

タクシーよりもミニバスで

この日は7時を過ぎてから起床。支度を終えて、9時半ごろ出発します。
目指すは古都・アユタヤ。1351年から400年以上にわたりアユタヤ王国の都とされた場所で、朱印船貿易に関わった日本人らによる日本人町も営まれました。しかし1767年にビルマ・コンバウン朝の攻撃で陥落し、徹底的に破壊されます。そのため、次いでトンブリー朝を興したタークシン王はアユタヤの再建を諦め、トンブリ*1に遷都することにしたのだそうです。つまり、「古都」といっても日本の奈良や京都とは異なり、破壊行為によって当時の伝統とは断絶された「遺跡」と表現する方が正確な場所です。ちなみに日本でもう一つ古都として知られる鎌倉とは異なり、1991年に世界文化遺産に登録されています。
アユタヤはバンコクから北におよそ80キロ。ちょうど東京から箱根ぐらいの距離です。移動手段としてはバスや鉄道など様々な選択肢があるので須賀、事前の下調べの段階で注目していたのは、実はタクシーでした。「バンコクで流しているタクシーと交渉して2000B前後で一日借り切ってしまえば、現地で観光客ずれしたトゥクトゥク運転手といちいち駆け引きする手間も省けて効率的」。ガイドブックにあったそんな参考情報が目に止まり、直前まで「子供もいるしベビーカーもあるし、それがうまくいくなら検討する価値はある」と考えていたのは事実です…この辺でお気付きになった方もおられるかもしれませんが、「流しで捕まえたタクシー」がどんなものかを確かめるため、前日にそれを試してみたのでした。
結果は、言うまでもありません。
最寄駅からBTSで、ロットゥーと呼ばれるミニバスが発着する戦勝記念塔に向かいます。しかし毎回思うので須賀、自動券売機で紙幣が使えないというのはなんとかした方がいいと思います。最少額の紙幣が20Bで、初乗りの時点で15Bかかるんだから、その20B紙幣を受け付けなければ駅員の前に両替の行列ができるのは目に見えていると思うんですけど…

タイ史に残る「東京条約」

戦勝記念塔駅で降車。その名の通り戦勝記念塔前にある駅です。

この塔は、1940〜41年に起こったタイと仏印(フランス領インドシナ)間の領土紛争での「勝利」を記念したものです。完全に余談になりま須賀、この紛争当時のフランスはナチスドイツ傀儡のヴィシー政権でして、日本の友好国と日本の同盟国の傀儡政権が戦火を交えるというやや複雑な状況だったようです。なので半ば必然的に日本が和平調停の労をとることとなり、その際締結された条約は東京条約と呼ばれています。
その塔を囲むロータリーの外縁が大きなバスターミナルのような機能を果たしており、アユタヤ行きのミニバスもそこから発着しています。周りをうろつくこと15分。ようやく発着場所を見つけました。

ミニバスの定員は15人前後。15分に1本くらいの頻度で出ていて、2本見送っても11時前には乗ることができました。料金は1人(1席)60B。事前に3人分取られた時は少し驚きましたが、一番前の三つ並びの席を丸々空けてくれて納得。ベビーカーもあったので、むしろそうしてくれた方が助かりました。

虎をなでて験担ぎ

12時10分ごろ。

意外とこんな感じのところに降ろされます。近くで客待ちをしていたトゥクトゥクに乗り(50B)、エレファント・ライドへ。また象かよというご指摘もあろうかと思いま須賀、そうです、また象なんです。前回から約7カ月。その間長男は、家の近くの公園にある象のすべり台でよく遊ぶようになり、登園で近くを通る度に「ぞうさんぞうさん、シュー」と教えてくれるようになりました。保育園で習ったのでしょうか、「ぞうさん」の童謡を歌いだすこともあります。だったら今度こそ、現物のぞうさんと触れ合い、その背中に乗ってお散歩すれば、きっと喜んでくれるのではないか。親だけでなく、同行の1歳児も楽しめるプログラムにしたい…そんな思いで盛り込んだわけで、決して親が乗りたかったわけではありません(笑)
各種ガイドブックには1人500B前後で乗れるようなことが書いてあったので須賀、受付の女性はなぜか物悲しげな表情で倍の1000Bを提示してきます。もちろんそんなに払いたくないので、700Bまでは下げてもらって手を打つことに。これで遺跡の一つ、ワット・プラ・ラーム*2周辺をぐるっと回ってきましょう。そういえば、バリでは象乗りにいくら払ったんでしたっけか…
乗り場の前には象やら虎やらの展示コーナーがあり、陽気なお兄さんが私達のカメラで写真撮影してくれます。「タイに行って虎に怖々触りながら記念撮影」という図はこれまで何度か見たことがあって、大体寝てるんだろうから触っても大丈夫なんだろうぐらいの認識しかなかったので須賀、実際やってみると不思議な感じですね。それでも今シーズンの活躍を願ってさわさわしてまいりました。結構つやつやして気持ちよかったです。日本に持ち込んだらワシントン条約違反ですし、そんなつもりはさらさらないで須賀、虎の毛皮が欲しいという人が出てくるのは分かる気がしました。それを所有できる(=歴史的には「虎を狩ることができるほど自分は強い」)ことによる自己顕示欲の充足というのももちろんあるんでしょうけどね。
細君や長男も虎と記念撮影させてもらい、こんなに優しいお兄さんもいるんだなあと…なんてことはありません。その場を立ち去ろうとするや否や「チップ」なる名目で100Bだか200Bだか要求されましたが、もちろん拒否。そもそもチップって要求されて払うものではないような気がします。

眠たげに「ぞうさん

前振りが長くなってしまいましたが、こうして再びの象乗り体験です。「ほら、ぞうさんに乗ってるよ」「すごいね、よかったね!」両側から代わる代わる声を掛けられ、状況が分かっているのかどうか「ぞうさんぞうさん」と繰り返す長男。ただちょっと眠そうです。
遺跡が見えてきました。

ワット・プラ・ラームは、アユタヤの初代王の納骨のために14世紀半ばに建立されましたが、アユタヤ陥落時にビルマ軍によって破壊されたのだそうです。




左側、朽ちてますね…。仏像の片手がないさまも、この遺跡が分断された過去の断面を示しているかのような印象を与えます。実際には時の経過で朽ちて、また観光地化されてすらいるんですけどね。

子より親が楽しむ

途中で象使いのおじさんが象から降り、自分が座っていた場所に細君を誘導してくれます(私は怖いので断った)。そして細君のカメラでたくさん写真を撮ってくれて…という肝心な時に、我が息子は私の膝を枕に爆睡していたのでした。おかげで笑顔の両親と長男の頭と耳だけが写ったものが大量に保存されることになりましたが、それもまたいい思い出でしょう。確かにゆっさゆっさ歩く象の背中は、お昼寝によい環境だったかもしれません。
それにしても、象に乗って遺跡を巡るというのは一石二鳥でよかったというのを超えて、純粋に楽しかったです。後から調べたらかなり当たり外れがあるもののようで須賀、象使いのおじさんもサービス精神溢れた人でそちらも満足。「多少チップあげてもいいんじゃない?」なんて話していたらもちろん(笑)最後に請求されましたが、小額紙幣がなかったりもしたもので100Bあげてしまいました。
そういえば彼、最後の方に「キバ、キバ」と片言の日本語を繰り返しながら乳白色のアクセサリーを売りつけようとしてきましたが、それこそもし本物だったらワシントン条約に触れてしまいますね、どうなんでしょうか。
象乗り体験後に昼食をと思ったので須賀、施設内には適当なレストランがなく、出たところの食堂でいただきます。

ワンタン麺に「子供料金」

日本人の感覚でいうところのラーメンとワンタン麺ですかね。店の写真で推察できるように一杯20B なので須賀、いっちょ前のワンタン麺に箸*3をつけた長男にはなぜか半額の「子供料金」が適用され、3人合わせて50Bでした。量はやや少なめでしたが、そもそも暑くて食が進まなかったのでちょうどよかった気がします。市井の人たちの金銭感覚は、このくらいなのかもしれません。

ワット・マハタート―往時をしのびつつ

サガットには会えず

さて、この時点で午後2時が近づいてきていました。アユタヤで見学できるのは、あと一つか二つでしょう。当初は細君の希望もあり、復元された巨大寝仏がある*4ワット・ローカヤスッターに行こうとしたので須賀、近くにいたトゥクトゥクの感じの悪いおじさんに「あっちははずれの方だからトゥクトゥクはいないよ(チャーターでもしない限り帰ってこれないぞ)」と脅かされます。この日が平日だということも関係しているのか、意外なほどに観光客もトゥクトゥクも少なくて、本当に帰りの足がない事態も想像されるような雰囲気だったので、次に寄るつもりだったワット・マハタートに直行することにしました(移動は100B)。

「廃墟」に刻まれた時間

ワット・マハタートも、先ほどのワット・プラ・ラームと同時期に建てられ、同様の運命を辿った寺院で、こちらは世界遺産の構成資産になっています。





傾いたクメール様式の仏塔、頭部を切られた仏像。唯一と言っていいのではないでしょうか、中央部に鎮座する仏像だけが「斬首」を免れています。その穏やかな表情、そしてその肩に止まる鳥の囀りが、廃墟と化した寂寥感を否応なく引き立てます。壊される前は、どんな様子だったんだろうか。
しかし、重複しま須賀、この場所の時が止まっているわけではありません。

この遺跡、いえ、もしかしたらアユタヤで最も知られた写真かもしれません。切り倒された仏像の頭が、長い年月を経て木の根に取り込まれたのだそうです。廃墟のままで経過した時間を、まざまざと見せつけられます。


ビルマ軍もご苦労なことに、一体ずつ頭部を破壊していきます。多分ビルマ軍が仏教を憎んでいた*5からでも、特別に残虐な軍隊だったわけでもないんだろうと想像しているので須賀、「他民族の都だから」という仮説を検討するに際しては、いわゆる近代的ネーション意識が根付く前のどんな類の「民族」意識に基づいて、このような破壊が是とされたのかが気になるところではあります。

現地の僧侶たちも記念撮影しています。このほかにも現地の大学生と思しき一団が、カメラをぶら下げて見学に来ていました。私と長男がそこを通り過ぎようとすると、それらのカメラが一斉に長男に向けられ、女子学生の黄色い声(?)とともに次々とシャッターが切られます。まあ怒ってもしょうがないので、かわりに話しかけてきた女子学生に「あなたたちはどこから来たんですか?」と尋ねてみたので須賀、「この子は何歳なの?」という自分の再三の質問に返答がない*6ので早合点したのか、「あなた日本人?英語わかってる?」とか聞いてきたのには若干イラっときました*7

「君子(笑)自重す」

さて時計を見ると、優に午後3時を回っています。この遺跡に1時間以上留まっていたんですね。まだまだ陽も高く、名残惜しくはあったので須賀、アユタヤ観光はここまでにして帰途につくことにしました。サガットワット・ローカヤスッターはともかく、アユタヤ最大のワット・プラ・シー・サンペットをスルーするとは何事か、というご意見もあろうかと思いま須賀、金曜夕の混雑の中でバンコクまで2時間、さらにホテルまで1時間弱かけて戻ることを考えると、その「最大の遺跡」を見て回る時間はないだろうという判断と、ワット・マハタートの遺構も期待以上の迫力で、少なくとも両親は非常に満足できたことから、ここでも「君子(笑)自重」路線を貫くことにしたのでした。
今考えれば十分歩けた距離をトゥクトゥクで移動し(100B)、バス発着場に降り立つや否や、ガタイのいいおじさんが「バンコク?」と声を掛けてきます。頷くとすぐにミニバスの最後列にご案内。ベビーカーは車体の後ろから積んでくれました。席が埋まり次第発車ということらしく、しばらく待ちます。
ほどなく現れたのはイタリア人でしょうか、男性2人組でした。これで人数的には足りたわけで須賀、1人が案内されたのは最後列の、さっきベビーカーを積んでもらった席でした。ここに人が来るということは、長男をどちらかの膝に乗せるしかなさそうです。その準備にまごついていると、気を遣わせてしまったのか「ちょっとここには乗れないよ」と男性。「次の便がすぐ来るなら」と連れも一緒に降りることになり、このバスの客待ちも振り出しかと危ぶまれたので須賀、どこからともなく現れた別の男性1人が「補充」され、4時前には無事バンコクへと向かうことができたのでした。
ちなみに。すでにお気づきかと思いま須賀、現況私達は、最後列の4席を占有していますので、最終的に4分の240Bを支払いました。厭味でも何でもなく、これは合理的な発想ですよね。さすがに(15人乗りとして)60×15=900Bで1台貸し切れるかどうかまでは分かりませんけどww

イーサーン料理に舌鼓

時間帯も時間帯、曜日も曜日とあってか、バンコクに近づくにつれて車の流れは悪くなりましたが、イメージ通り午後6時前には戦勝記念塔前に戻ってきます。この時間に来てみると、ものすごい人波が駅から吐き出され、流れをさかのぼるのも一苦労です。
夕飯は最寄駅近くのタイ料理屋。特にイーサーン地方(タイ東北部)の料理を食べさせる店で、グリーンカレーといい酸味*8のあるココナッツスープといい、後味がしっかりしたこれぞという味わい*9で楽しめました。もちろんビールも飲んでみんなで1000B弱。外国人価格の店であることは間違いないでしょう。
そのまま宿に戻って就寝。特に長男はお疲れ様でした、明日はゆっくり楽しみましょう。

*1:バンコクチャオプラヤー川西岸。ワット・アルンのある側です

*2:これから写真もご紹介しま須賀、資料によってはこれを「ワット・プラ・ラーム」と断定するのにはちょっと不安のある記述も見られます。お詳しい方、もし違っていましたらご指摘ください

*3:厳密にはスプーン

*4:と言うより「スト2サガットのステージ」とご紹介した方がいいかもしれませんwwサガット氏の本拠地 ワット・ロカヤスタ | WorldTravelog- 海外生活・旅行日記「アユタヤ」っていうより「サガットの」って言った方が伝わりやすいんじゃないか? | インペリの旅プロへの道参照

*5:ビルマ・コンバウン朝は仏教を手厚く保護したことで知られています

*6:一方的に質問を重ねてくるのが鬱陶しかったので無視していた

*7:あなたよりはね、とか答えてやればよかったのかもねw

*8:源頼政の話はしていないので「三位」って変換してくれなくていいよ

*9:ステレオタイプです