かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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『わが闘争』(アドルフ・ヒトラー)

わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫)

わが闘争(上)―民族主義的世界観(角川文庫)

わが闘争(下)―国家社会主義運動(角川文庫)

わが闘争(下)―国家社会主義運動(角川文庫)

世界で最も悪名高い本の一つでしょう。能書きを垂れる必要すらないナチスのバイブルです。
まずこの本を人に薦めますかと問われれば、よほどのことがない限り読まない方がよいのではないか、と答えます。それはなぜかというと、内容自体が非常に冗長かつ散漫で、もっとひどいことには日本語訳が悲劇的にまずいからです。そもそもこの本が著者たるヒトラーの口述をもとにしたもので、だらだらになっているのはそれゆえという部分もあるので須賀、それに輪をかけて訳も意味不明で、日本語としての主述関係を理解するのに時間を要する文もままありました。ですから、「ヒトラーの大衆宣伝について知りたい」という方は章立ての中の該当章を、「ヒトラーは何を考えてあんなことをしたのか、頭の中を覗いてみたい」という方は下巻の解説を読まれれば、ある程度その答えにはなるんじゃないでしょうか。
さて、私の個人的な関心というのもその二つであったわけで須賀、前者についてはそう深く感心するようなものはなかった気がします。しかし、ここに書かれていることは、その後の政治から商業に至るまでの宣伝研究にどのような影響を及ぼしてきたのか。ラジオなど技術的な発展も相まって、マスコミュニケーションという現象についての研究が盛んになってきたのは、ちょうどこの時期です。そう考えるともしかしたら、今読んで新しさを感じないことこそがすごい。そう言えるのかもしれません。
後者については諸々あって面白かったです。例えば、アーリア民族至上主義のヒトラーにとって、ユダヤ人は各民族の獅子身中の虫として国際主義的なマルクス主義を煽り立て、最終的には世界征服をたくらむ存在として捉えられています。その一方で、労働者の待遇改善のための労働組合*1は是認され、国家という存在はあくまで民族のための手段でしかない。ちなみに言えば、ヒトラーは中国の一人っ子政策のような出産制限には反対で、なぜなら貧困や病気を理由に子供が死ぬことは、彼にとっては弱い個体が淘汰され、厳しい環境に適応した優秀な個体のみが生き残ることを意味するからです。
このように、ヒトラーの思想にはヒトラーなりの一貫性があり、その発露としてナチスの行った様々な行動がある。私は私の価値判断として、このような人種主義の前提もそれが招くものとしての結論も受け入れませんが、そのこととヒトラーが自身のロジックを持っているということは別問題です。その意味で、その議論の流れに触れられたのは興味深かったです。もっと言えば、そもそも彼のアーリア民族至上主義はどこからどうやってきたものなのか、それをヒトラーをめぐる様々な資料や当時の社会状況から追っていくことができれば、彼のみならずファシズムというものを知る上でも資するものがあるのでしょう。
レビューの最終盤まで「いの一番にすべき」ヒトラーの人種主義への批判が出て来なかったことに今気付きましたが、それは私が初めから、相当な距離感を持ってこの本と言説に接してきたことの表れのような気がします。二度も言う必要はないかもしれませんが、個としての人間に価値を置かず、その尊厳を踏みにじるようなヒトラーの民族至上主義・人種差別主義に私は到底賛成することはできません。まあ念のため(笑)

*1:政党の道具としてのそれはもちろん認められません