かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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ルソーとGoogleをつなぐ知的冒険/『一般意志2.0』(東浩紀)

ルソーの『社会契約論』における一般意志に関する議論を読み替え、インターネット時代の民主主義や国家のあり方の「夢」を提示する本です。
著者によれば、ルソーの構想した一般意志とは、コミュニケーションのない状態での人々の願いを均した言わば数理的な「モノ」であり、その方が結果として正しい判断を導けるとしている点で、アーレントハーバーマスが論じてきた熟議民主主義ではなく、「『みんなの意見』は案外正しい」にあるような集合知の議論と重なる部分が大きいといいます*1。その上で、ルソーの時代にはその一般意志を可視化することはできなかった(一般意志1.0)が、現代はインターネット上に集積されたデータベースを活用し、GoogleTwitterがその役割を果たすことができ(う)る(一般意志2.0)とし、タコツボ化して参加コストが跳ね上がった熟議と相互補完する存在として、このデータベースを活用した統治を提唱します。またその際、それこそネット上で自分に都合のよい/聞いていて気持ちのいい情報だけに浸かりきってしまうタコツボ化を防ぐため、ある種攪乱的な設計*2が重要だ、とも述べています。
その提案の中では、そのデータベースを踏まえた総合サービス業的な「政府2.0」が構想され、具体的には「政府のすべての会議をニコ生で公開せよ」という主張につながっていきます。その分野の専門家ではない「素人」とはいえ、そうした人々の反射的なコメントの集積を完全無視して議論できるのか(やれるものならやってみろ、そのうち引きずりおろされるぞ)、そう訴えるわけです。
熟議民主主義とデータベース民主主義の相互牽制と補完。政府の会議をニコ生で公開せよ。そうした著者の主張は、実は私が恐れ、期待していたものよりは穏当なものでした。そもそもなぜしばらく本棚に飾られていたこの本のハードカバー版に手を伸ばしたかというと、先日読んだ『代議制民主主義』(待鳥聡史)で、まさしく代議制民主主義の限界を指摘した上でのオルタナティブとして挙げられていたからで*3、著者の前置き的にも相当破壊的なことが書いてあるのではないかと身構えていたので須賀、確かに代議制民主主義のオルタナティブであり、ネットは「そもそも政治とはなにか、あるいは国家とはなにか統治とはなにか、その定義そのものをラディカルに変える可能性に繋がっている」(最終章)ということを示すお話になっているとは思いま須賀、実際に現象や取り組みとして出現しつつあるものからそう遠くはないように思えたのです。昨夏の安保法制審議の最中、石破氏の発言をきっかけに広まった「自民党感じ悪いよね」というハッシュタグはまさに人々のある意味反射的なコメントですし、その自民党が次期参院選(だけなのかどうかは知らないw)に備え、そうしたネット上の反応を集積して分析しようとしているというのは、それらのデータベース的活用に他なりません。
一方で、「自民党感じ悪いよね」というツイートがいくら広まっても、もっと言えばどれだけの数の人が国会議事堂前で抗議しても、自民党は(というより安倍首相は)その声には耳を傾けず、自らが欲する法整備を行ったわけで、それは個別的な例でしかありませんが、著者の言う「データベース民主主義」をどう制度内に位置づけ、正統性というよりは実効性を持たせていくのかというのはその構想における一つの課題になりそうです*4。著者もその辺は意識しているようで、最終章で「司会者がコメント欄を無視して場が荒れたら、『我こそは』という人間が一定の支持を得て新たな司会者になるような柔軟な制度が整えばいい」と希望を述べているので須賀、それ(に近いこと)を政治の中でどう行っていくかが難しいところなのでしょう。
何はともあれ、この本にはルソーのみならずフロイト、ローティ、ノージックらも登場し、読者を一つの知的冒険に誘ってくれます。そしてまた、とにかく現状やエスタブリッシュメントに対するルサンチマンだけから、「あれもこれもぶち壊して全く新しいものを作ればいいんだ、その方がカッコいいだろ?」的な叫び声を上げる論者があちこちにみられる*5中、10の提案の裏にそれを支える100の理念があるというか、ラディカルな議論を(その度合いよりは)穏当に現実に流し込もうとしていることには好感を持てますし、むしろ断然カッコいい。私はそう思いますけれども。

*1:奇しくもリンク先のレビューの末尾に言及がありましたが、この本を読んだ上では「熟議民主主義のそもそもの原理」と読み替えるべきでしょう

*2:Twitterならリツイート機能とか

*3:そういえばあの本、買って本棚に仕舞ったきりじゃん!

*4:その意味で通底するものがありそうなので、一連の法整備を強行した首相らの精神構造に関する私の勝手な分析を引用しておきますね

*5:前の注とも関連しま須賀、それを最も体現しているのが安倍晋三さんだと思っています