かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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『職業としてのジャーナリスト (ジャーナリズムの条件 1)』(責任編集・筑紫哲也)

4巻続きのジャーナリズム本の第1巻です。筑紫哲也が編者を務め、ジャーナリストの仕事、ニュース・バリューとは何か、ジャーナリストに求められるもの、の3つに分けて、多数の論者の文章を収録しています。沖縄密約や薬害エイズ北朝鮮といった具体的な取材テーマからアプローチしたものから、記者クラブや文春の回収騒動など現在の報道、言論をめぐる環境から論を進めているもの、「ジャーナリストとはかくあるべし!」みたいな大上段の議論まで、かなり多彩な種類の文章が並んでいて、別に報道関係者だったりその志望者だったりしなくても、ある程度の興味があれば楽しく読み進められるのではないでしょうか。
まぁ今回も個別的なコメントは避けて、感じたことを2つ。まずは、いわゆる「べき論」に多いある種の楽観主義、啓蒙主義についてです。私がゴタゴタ言うより実際の引用を見ていただいた方が話が早いでしょう。

…ジャーナリストは、より良き社会を作り上げるとの使命感を持つべきだ。より良き社会とは、社会の最底辺にいる人々が幸せになれる社会ではないか…
(伊藤千尋氏の文章より)

…職業としてのジャーナリストに欠かせないのは、(1)何でも探求しようとする知的好奇心、(2)公正で正義の社会をつくろうとする志、(3)最底辺の弱者の視点、(4)あきらめないで最後まで取材する執念、(5)困難な事態でも何とかなるさという楽観性、の五点だと思う。
一本の記事が読者を感動させるし、積もり積もって世の中を変える…
(同上)

ここにあるのは何かというと、自らのメッセージが受け手に与える影響についての楽観主義でありあるいは啓蒙主義であり、厳しい言い方をすれば受け手の軽視だと思います。当然、読者や視聴者となる人々に「こんなことがあるんですよ」と「僕はこう思うんですけどね」と投げかけることこそがこの仕事なわけで須賀、それが社会を自分の理想とする社会像に近づけることになる、即ち自分の発したメッセージが受け手や社会に正の方向性を以て作用する、という受け手像は、何だか無邪気すぎるのではないかと思うのです。書いた内容が意図したとおりに受け取られるとは全く限らない。そんなことは筆者も十分わかっていることで生姜、それは「分かってもらえる―分かってもらえない」を対立軸とする、理想の実現のための「紆余曲折」ではないと思うのです。
なんだかこの筆者だけをあげつらって攻撃しているみたいになってしまいましたが、私がここで表明したかったのは、この本の中の複数の論者がにおわせているそうした楽観主義であり、やや一方的な(マス)コミュニケーションに対する考え方です。そもそもコミュニケーションに正解も不正解もないんじゃないかという点も含めて、従来のマスメディアが社会的な吟味と批評の対象となっている今日、「ペンの力でオレたちの理想の社会をつくれるんだ!」的な発想からはそろそろ降りた方がいいんじゃないかと思っています。
あと折角引用したのでついでに言えば、この筆者の場合では「より良き社会とは、社会の最底辺にいる人々が幸せになれる社会ではないか」というような、これまでのジャーナリズム(論)の歴史的経緯*1から派生してきたと思われる諸価値を、どこまでジャーナリズムと一緒に論じるべきかというのは、興味深くかつ重要な問題ではないかと感じました。言い換えれば、例えば「ジャーナリストは市民の知る権利に奉仕し、権力を監視すべき」、「ジャーナリストは社会の最底辺にいる人の視点に立つべき」、「ジャーナリストは戦争反対を貫徹すべき」などという命題が並んだ時、どこまでがジャーナリズム論の範囲内の問題として議論されるべきなのか、その辺は整理してみると面白そうですし、議論の際には留意せねばならないでしょう。
もう一つは、この本を読み返そうと思ったきっかけにつながる感想です。数日前にちらっと書いたことでもありま須賀、やはり何か一つのテーマを継続して追いかけ続ける姿というのは読んでいてとても格好よく、羨ましく思えました。しかしそんなことを他人事のように言っている自分はいったいどういうつもりなのか。原寿雄氏という業界の超ベテランは「いま毎日の仕事に自分を燃焼できない不満を漏らす記者たちが少なくないが、ジャーナリストという職業は、本来、知的で面白いものになるはずである。そうなっていない大半の責任はジャーナリストの側にある、と私は今でも考えている」と述べています。これは精神論的に述べている側面も強いと思いながらも、自分の場合はこのくらいの事を言われた方がいいのかもしれません。まあ私が実際に愚痴を言っているわけではないんですけどねw
意外と書いてしまいましたが(笑)、見てみるとはてなで前にこの本を紹介したのが4年前の自分だそうで、5年半に出された本とはいえ、もうちょっと誰か言及する人がいてもいいんじゃないかと思わせる一冊ではあります。

*1:その民主主義社会とのかかわりなど