かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
ブログランキング・にほんブログ村へ

生産の「急所」と地政学的リスク/『半導体戦争』(クリス・ミラー)

【目次】

 

半導体技術の黎明期から、それが安全保障上の主要テーマとなった現在までを扱った一大歴史物語です。

同じ土俵での「競争」

アメリカで生まれ育った産業でありながら、より安価にチップを作れる環境を求めて東アジアなどにオフショアされていきます。そこには、半導体工場を建設し現地の雇用・産業を守り育てることで、現地政府をアメリカを中心とする西側に繋ぎ止めておく意図も含まれており、これは日本も例外ではありませんでした。一方で、日本・韓国・台湾などのメーカーは巨額の政府支援を背景にその時々の市場を席巻していきま須賀、その挑戦を受けるアメリカ側も、グローバル化自由貿易*1を支持する立場から、原則的には「同じ土俵」で勝負していくというものでした。

中国台頭が招いた新たな展開

しかし、この分野での中国の台頭は、これまでの半導体「戦争」に新たな側面をもたらします。草創期から軍事利用も意図して、アメリカの国防予算にも一定程度依存して発展してきた産業・技術であるだけに、その急所を安全保障上の同盟関係にない中国*2に握られてしまうことの政治的リスクは計り知れません。最先端の半導体生産工程における「急所」の典型が、装置を独占的に生産するASML(オランダ)や受託生産のTSMC(台湾)である以上、こうした企業の装置や技術を奪われない・代替されない・意図的にせき止める-姿勢を、トランプ政権になって強く示すようになっています。

ただ周知の通り、TSMCの本社がある台湾は中国とまさに一衣帯水の距離にあり、中台の軍事バランスはかつてないほど前者に大きく傾いています。まさにこれこそが西側の半導体産業のみならず世界経済全体の脆弱性なのではないか、TSMC台湾総統が言うように「台湾を守るシリコンの盾*3」になりうるのか。こうして「半導体戦争」という言葉が原義通り、安全保障上の意味合いを色濃く帯びる場所に「戻ってきた」点が、半導体を巡るこの物語の最も興味深くかつ切実なところだと感じました。

「急所」は分散してこそ

技術革新のスピードに関するムーアの法則がいつまで有効であり続けるかについて論争が絶えないように、技術的動向に予想しづらい側面があるのは間違いないでしょう。ただ、その動向を踏まえてどのようなサプライチェーンが築かれ、政治経済状況が形づくられていくかには政治家や官僚、企業家といったアクターの影響も大きいことも歴史から明らかでしょう。(戦争という「人災」だけでなく)先日の台湾地震が示すように、現代の超・戦略的資源供給のための「急所」をなるべく分散させていくことは、どの立場にとっても長期的なメリットにかなうと思うので須賀…

*1:最盛期の日本のやり方はこれに反すると試弾されたわけで須賀

*2:かつてのソ連が「シリコンバレーをマネする」戦略を採用したため、(マネである以上)永遠にアメリカの後塵を拝することを運命づけられてしまったことも紹介されています

*3:最先端半導体工場が集積する台湾を攻撃できない、あるいは攻撃されても必ず守ってもらえる