かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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『闇からの谺 北朝鮮の内幕』(崔銀姫、申相玉)

闇からの谺―北朝鮮の内幕〈上〉 (文春文庫)

闇からの谺―北朝鮮の内幕〈上〉 (文春文庫)

闇からの谺―北朝鮮の内幕〈下〉 (文春文庫)

闇からの谺―北朝鮮の内幕〈下〉 (文春文庫)

香港から北朝鮮に拉致された韓国の映画監督と女優が、その日々をつづった本です。北朝鮮社会の全体的な様相のみならず、招待所や政治犯収容所の様子、さらには金正日の人柄とその暮らしぶりなど、実に多様な「内幕」が暴露されています。特に、金正日その人が北朝鮮の公式見解に反し、朝鮮戦争は北が仕掛けたものであることを遠回しに認めるような発言をしていたという証言は、それ自体極めて重要なものと言ってよいでしょう。読み物としても十分楽しむことができます(最後はもう少し煽ってくれてもいい気がしま須賀…)。
そうでないとこんな本を書けっこないので当たり前の話で須賀、2人は北朝鮮からの脱出に成功し、アメリカに移り住みます。そして申相玉は2006年にソウルで死去。崔銀姫は健在のようで、昨年の金正日総書記死去に際し「私が被ったことを考えると、今でも怒りがこみ上げてきます。こうして故人となってしまって、一方では怒るだけではいけない。故人の冥福を祈らねばとも考えます」とコメントしたとのことです。
拉致は、その人の人生に無理矢理刻印をしてしまう行為です。物を取ったのなら、返すことでとりあえず原状に戻すことはできます。しかし、時間を返すことはできない。彼らが北朝鮮で体験したことは、望むと望まざるとにかかわらず彼らの経験として刻印され、それすらが自分自身を構成することを拒否できません。
崔銀姫は「どんな人でも死ぬのは残念なこと」という理屈だけで、「怒るだけではいけない。故人の冥福を祈らねば」と言ったわけではないでしょう。恐らく金正日という人間との思い出や、彼に対する様々な思いが交錯する中で、そう発したのではないかと思います。彼女のその*1境遇は、一概に不幸だとかいう言葉で片付けるべきものなのか若干躊躇がありま須賀、何にせよ、人の人生を大きく変えてしまう拉致という暴力の爪痕を、彼女のコメントに見たような気がした一方、ある意味においてそれを自分の一部として受け止め、人生を歩んでいる彼女の強さのようなものも感じさせられました。

*1:金正日を回想するという意味での