かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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「笛吹き男」とそれを生む社会をえぐる力作/『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』(安田浩一)

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて (g2book)

私も街を歩いていて、何度か出くわしたことがありました。日の丸や人種差別的なスローガン(?)の書かれたプラカードを掲げ、シュプレヒコールをあげながら歩く集団。大方は右翼団体のバリバリの活動家なんだろうと近づいてみると、さにあらず。一見、通りすがりの通行人が、「ハーメルンの笛吹き男」の物語の如く吸い寄せられてきてしまっているのかと思うくらい、「その辺にいそうな」人たちが列をなしていました。いったいこの連中は、何者なんだ?
その疑問に答えるべく、「在日特権を許さない市民の会」の桜井誠会長はじめ、会員や元会員、関係する人々に取材を重ねた本です。非常によく取材されていて、著者の執念すら感じさせます。加えて、時折著者自身の来歴や思いを織り交ぜながら、彼の在特会への解釈や理解というものも作中に提示されており、私の意見としてそれまた真っ当なものであるため、この本に対して補足的に述べるようなことはそう多くありません。
それでも重複を恐れずにまとめさせていただくと、この本が描き出しているのは、社会の変化の中で人的・経済的紐帯を失った(と感じる)人たちの中でせり上がった感情が、ネットの世界をそのまますり抜けてこうした鬱憤晴らし的な挙動に結びついてしまっている様子でした。非正規雇用など、社会経済的な苦境にあることと「ネット右翼」的な言動との関係は他でも耳にしたことはありま須賀、著者は、「会の活動は特権やエリートを批判する一種の階級闘争だ」という幹部の発言や、生活保護朝鮮学校への支援問題といった広く社会保障的な観点からの在日批判ロジックを明らかにすることで、それを具体的に跡づけています。ロジックということで言えば、「自分たちが苦しいのは在日特権のせいだ」「韓流ドラマが流れているのは電通などによる陰謀だ」などという主張をはじめとする陰謀論が目立つことも、特徴として見出すことができるでしょう。そしてまた一方、会内にある家族的な紐帯にも目を向け、そこが「居場所」である人々の心性をも描き出しています。
中盤以降、彼らが訴える「在日特権」が如何に荒唐無稽なものであるかということに加え、かつて関わった右翼活動家らの言葉を借りながら、「在特会には思想がない」ことが暴かれていきます。群れをなして人間の属性に関することについて差別的な言葉を連呼し、朝鮮学校や県教組事務所の周りでがなり立て、時には乗り込んで騒ぐ。実質としては言論というより、レッテル貼りと鬱憤晴らしに過ぎないように見えます。これはレイシズムではあるが、愛国ではない。著者もこう書いています。「『所属』を持たぬ者たちは、アイデンティティを求めて立ち上がる。そしてその一部が拠り所とするのが、『日本人』であるという、揺るぎのない所属だった」。その意味において、そんな彼らを追った本のタイトルが「ネットと愛国」というのは皮肉であるか、編集サイドのミスであるかのどちらかなのかなあという気はしなくもありません。
これを書く前に、桜井会長の演説を含め、在特会絡みの映像をyoutubeで見てみました。見たら怒りでかあっとなるのでは、と恐ろしさとある種の期待が入り混じった気持ちでいたので須賀、腹が立つというより呆れかえるというか、本当にくだらないことをやっているなあという気持ちに覆われてしまい、30分ほどで見るのをやめてしまいました。しかしその憎悪をたぎらせた演説が、またこれらの動画が、同じく怒りに震えたという「ハーメルンの笛吹き男」の笛となり、そしてその列に加わる人が多くいるのも事実です。物語では列に加わった子供たちは二度と戻ってこなかったそうで須賀、そこまで結び付けて解釈しようとするのも悪趣味でしょうか。
在特会そのもののみならず、それを生む社会についても考えさせられる力作。このぐらいの取材ができればいいなあ。面白かったです。