かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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分断を癒すリベラルの増税論とは/『幸福の増税論』(井手英策)

【目次】

 

リベラルによる増税

非現実的な経済成長の夢を追うのではなく、再分配によって低所得層のみを救済するのでもなく、消費税と富裕層課税を組み合わせて広く課税することで、福祉や医療・教育などの公共サービスの所得制限を外し、「みんなで負担し、みんなで受益者になる」頼りあえる社会を築くべきだー。リベラルを自任する財政社会学者による、異色の提言です。

増税で社会を変える

最大の特徴は、よく言われる再分配政策との違いです。一般的には、企業の内部留保への課税など「金持ちから奪い、困っている人に与えるべきだ」と主張されることが多いで須賀、著者はその手法が自己責任論が蔓延する社会の分断をさらに深めることを強く懸念します。

タダ乗りをなくす一方、なるべく広い層に受益者になってもらうことで、「確かに税金は増えたけど、その分暮らしの自己負担は減ったね」と実感してもらう。その「成功体験」からさらなる包摂を目指し、人生の様々な局面においても頼りあえる社会をつくり上げていく。これはどちらかと言うと、増税によって社会保障を再構築するというより、社会そのものの雰囲気を変え、社会全体を繋ぎ直そうという提案です。

政治のコンセンサスが大前提

大きな経済成長は望めず、人口も減っていくこれからの日本社会が目指すべき姿の一つとして、非常に興味深い議論でした。ただその一方で、これは(著者も言うように)「革命」の語が相応しいくらいの大きな変化であり、合意形成は容易ではないとも感じました。

税制改革を通じて市民の意識を変えるためには、その方向性が安定的に維持される(と人々が信じる)ことが必要です。有力政党が最低限の共通認識としてそれを掲げ、政権が変わっても大きな方針は揺らがない(増税分は約束通り社会保障のみに用いられる)状況をつくり出さなければ、成功体験を共有するための「最初の増税」への理解は得られないでしょう。天皇制や非核三原則を例として挙げると極端かもしれませんが、著者の言うように「痛税感」が強い社会では、政治と社会に広いコンセンサスが必要です。

また程度の差はあれ、与党と野党第一党がともに「経済成長」や「行政改革によるムダ削減」を訴えている現在の政治状況との乖離も、乗り越えていくべきハードルではあると思います。

分断を癒すカギは地方に

本書が出版された後に襲いかかったコロナ禍によって、自己責任論の跋扈や「弱い者たちがさらに弱い者を叩く」*1ような社会の分断はさらに加速しています。と言うといかにも大きい話に聞こえま須賀、それをほぐし癒していく取り組みは、これまた著者が注目するような地方、特に住民の暮らしの存続が課題になりつつある周縁的な地域から生まれてくるのかもしれませんね。

*1:BLUE HEARTSに似たような歌詞があった気がしますね