かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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『ペスト』(カミュ)/分断でなく連帯のために

 

ペスト(新潮文庫)

ペスト(新潮文庫)

 

1947年に発表されたこの小説には、新型コロナウイルスの世界的流行を受け、再び注目が集まるようになりました。作品に描かれたパンデミックの様相が、2020年に世界各地で起こったこととよく似ているとされたことが大きいようで須賀、よく言われるように、この著作の主題は必ずしも「疫病」ではないようです。

アルジェリアのオラン市を突如襲ったペスト。市は封鎖され、毎日多くの人が病に倒れる中で、防疫のため自発的に立ち上がった人々の闘いや来歴、心の機微を描写していきます。もともと社会の連帯や共同の希望とは縁遠かった登場人物までもがその活動に身を投じ、いつしか市全体にもある種共通の感覚が生まれるようになってくる様子、そしてそれが解かれる時、結局は「自分たちの力でどうにでもなることだけを求めた」人たちがそれを手にするという不条理な一面。そんな結末を突きつけられても、読み手に「人のためにリスクを背負っても報われないならタダ乗りしたい」と思わせない、むしろ共同の価値や理想のために力を尽くすことの価値を感じさせてくれる点は、著者・カミュの信念の表れであり、その力なのだと思います。

表現・論旨ともにモヤっとした感じになってしまいましたが、この新潮文庫版の巻末にある訳者の解説が非常に優れていました(あまり小説を読む方ではありませんが、巻末の解説としてこれ以上のものはお目にかかったことがないです)。本編を通読された上で、是非こちらも読んでみてください。

 

少なくとも日本では、「コロナ禍が人々や社会を分断した」という声が多く聞かれます。もっと大きな話をすれば、国家間においても、感染拡大に対する責任の押し付け合いが繰り広げられています。思うにそれは、通信手段の発展・多様化も相まって人から人への感染がクローズアップされることで、「同じ敵」と闘う同士でありながら相互不信が高まりがちであること、そして不幸にして罹った場合の致死率の違いなどから、脅威への認識に落差があることーなどによるのではないでしょうか*1

それでも私たちは、この小説の登場人物達よりも長い期間、一つの都市ではなく全世界で、この見えない敵と闘っていかねばなりません。その時に市民一人ひとりがウイルスに対して、さらには自分たちの社会に対してどんな振る舞いを重ねていくか。それは誰かに言われたり、命令されたからということではなく、自分の頭で考え、自発的に取り組んでいくことなのだろうと思います。

 

 

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*1:そもそもオラン市をペストが襲ったというのはフィクションなんですけどね