かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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「コロナ」と「コロナ後」を射程に収める名著/『疫病と世界史』(ウィリアム・マクニール)

 

疫病と世界史 上 (中公文庫 マ 10-1)
 
疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)
 

我々の祖先がアフリカの熱帯雨林を離れてから20世紀まで、感染症が人類に及ぼした影響について論じた本です。出版されたのは1970年代で須賀、昨今の新型コロナウイルス世界的流行の影響で再び注目を集めているようです。

人類を襲った感染症に関する証拠や記録は、往々にして断片的だそうなので須賀、著者はそうした史料と医学的知見、そして推論を駆使して議論を進めていきます。灌漑農耕と大都市の形成が、細菌やウイルスにとって非常に良好な環境となったこと、初期の文明ごとに特有の疫病が定着し、東西貿易が徐々にそれをならしていったこと、モンゴル帝国の軍事活動や大航海時代の船舶往来がそれを地球規模に広げたこと、近代以降の医学の発展が「疫病」と呼ばれるほどの大流行を抑え込みつつあることーなどなどが描き出されています。加えて、こうした疫病に対する慣習的防疫法の地域による有無、なんて話も紹介されています*1

一方で、著者は「天然痘の撲滅に見られるように、医学は感染症に勝利したのだ!」と述べるほど楽天的ではありません。感染症を引き起こす微小生物による「ミクロ寄生」、古くは大型肉食動物から他の人間(収奪を行う支配層)までを含む「マクロ寄生」という概念を定義し、生態系の中にいる人類も、このミクロ寄生とマクロ寄生からは逃れられないと指摘します。具体的には、医学や公衆衛生が進歩した現代においても▽ウイルスなどが突然変異した場合▽他の生物を宿主としていた寄生生物が移ってきた場合▽それらが生物兵器として使用される場合ーは、この先も大流行が起き得るとしています。

現在の新型コロナウイルス流行においても、この3ケース全てが話題になっています。

digital.asahi.com

この記事にあるように、現在日本で猛威を払っているのは、突然変異を経て強い毒性を持つようになったとされる欧州由来のウイルスだとの見解が出されていますし、そもそもはコウモリを宿主としていたとの説がよく知られています。そしてこれはオマケで須賀、「コロナウイルス生物兵器説」の如きものも話題になりましたね。これらは、今回の流行やそれに伴う影響も、著者の議論の延長線上で捉えられる側面が多そうだ、ということを示していると言ってよいのだと思います。

 

その意味で一つ気になったのは、感染症の流行が社会にもたらす心理的な影響についてです。

canarykanariiya.hatenadiary.jp

有名なこの本のハイライトシーンにもなっていま須賀、新大陸で繁栄したアステカ・インカ帝国の滅亡には、中南米にはなかった(=住民たちが免疫を持っていなかった)感染症がものすごい勢いで流行してしまったことが深く関係しているとされます。その時のネイティブ・アメリカンたちの心象風景について、著者はこのように述べています。ネイティブ・アメリカンのみが劇的な感染拡大で相次いで倒れ、ヨーロッパ人はさしたる被害を被らなかった。これを「天罰」と捉えて打ちひしがれた彼らは、これまでの価値観や信仰を捨てざるを得なかったー。

逆の例として著者が提示するのは、近代医学の萌芽によって疫病による「突然死」が減ったことが、科学的思考法の浸透につながったのではないか、という仮説です。マックス・ウェーバーで言うところの「脱魔術化」に近い指摘でしょう。

これらを併せ考えると、いわゆる「コロナ後」の社会にどんな雰囲気が広がるか、方向性は想像できるような気がします。志村けんさんがそうだったとされるように、急に容体が悪化し、まさかの訃報が流れる。ファンどころか身内も、最後の別れをこれまでのように告げることは出来ず、遺骨だけが戻ってくる。特に現在の日本では、PCR検査自体が望む人全員に実施されておらず、体調の悪化した人は(それがコロナウイルスによるものであってもなくても)、「自分も突然容体が悪化し、死ぬかもしれない」という不安を抱えながら日々を過ごさねばなりません。独居の人は、尚更でしょう。

もしどこかのタイミングで政府の緊急事態宣言が解除されたとしても、コロナウイルスとの「付き合い」は長期化すると多くの専門家が述べています。とすれば、不安感やある種の無常感、科学的・合理的な思考法への懐疑が社会に広がり、宗教や精神世界に関するような「魔術的な」価値観も、一定の浸透を見せるでしょう。そうしたものが一律に悪だと言うつもりはありませんが、度の過ぎた不安の拡散や、それに伴う混乱は避けなければなりません。ウイルスのみならず、不安や激情の「感染拡大」を防ぐコミュニケーションも、各国政府や報道機関、そして、社会の構成員一人ひとりに求められているのだろうと思います。

 

 

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*1:女真族のそれが清王朝の樹立に関わったとの指摘も興味深いで須賀、度々天然痘などの病に襲われた平安貴族の「方違」「物忌」といった慣習や「死穢思想」との関係を検討してみても面白いかもしれませんね