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取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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論争の書の冷静な議論/『帝国の慰安婦』(朴裕河)

 

帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い

帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い

 

韓国で内容を巡る裁判まで起こされた、慰安婦問題に関する論争の書です。と言うと、あるいは一方的で過激な本であるかのように思われるかもしれませんが、確かに韓国内に怒る人は多そうな書きぶりではあるものの、非常に冷静な議論を積み重ねた本だと感じています。

まず著者は、日本軍の慰安婦となった女性たちの境遇や経験の多様性を紹介していきます。その中には朝鮮半島出身者もいましたし、いわゆる「内地」出身者もいました。そして慰安婦とされた朝鮮半島出身女性の多くは、「いい仕事がある」と業者にだまされるなどして来ており、そこには朝鮮の業者もいましたし、「年頃の娘がいる貧しい家はどこか」手引きをする村人の存在もありました。

さらに言えば、当時朝鮮半島出身者は国籍上「日本人」とされましたので、「日本人」である朝鮮半島出身の慰安婦が自ら慰安所を運営したケースもあったそうです。

もちろん多くの植民地出身の女性が日本軍の関与(多くの場合は黙認)によって性的に搾取されていたのは事実であり、それが許されるという主張では著者も(そして私も)ありません。ただ、まさにソウルや釜山にある少女像が象徴するような、「20万人の少女が日本軍に強制連行された」という理解は、慰安婦の現実と乖離が大きい点を指摘しています。

その上で、彼女は韓国内外で慰安婦問題を強く訴えてきた挺対協の運動に批判的な目を向けます。

従軍した慰安婦たちが、構造的な強制の下にありながらも、しばしば性的な意味だけでなく日本軍の行軍を支える存在であり、そこには感情の連帯もあり得たこと、さらには先述のような慰安婦募集を手引きした村人の存在などは、日本から独立し、その植民地支配を否定することで新国家建設を進める動機とは齟齬をきたすものです。乱暴に言ってしまえば、対日協力者(いわゆる「親日派」)の問題と近い構造です。

そうした生の記憶を直視せず、ただ「少女像的な」被害者としてだけの側面を押し出すことは、真の当事者である元慰安婦に寄り添うことになるのか、著者は問題提起します。また、戦時性暴力の問題としての側面を前面に押し出すことは、国際世論化には貢献したものの、植民地一般の問題を後退させた*1と述べています。

さらには、1990年代に進んだ村山談話やアジア基金の流れを韓国の支援者らが受け入れず、日本の同調者も交えてイデオロギー対立的な闘争に持ち込んでしまったと指摘。それから20年以上を経ても、問題解決の糸口が見えなくなってしまった原因をこの点に見ています。

 

このように、当然日本軍の一定の関与については批判しつつも、慰安婦問題への韓国社会の向き合い方を反省する(反省を促す)議論になっています。

著者が「帝国の慰安婦」と呼んだ側面が、慰安婦の方々のありように現れていたのは事実だと思います。そもそも慰安婦のルーツともいえるのは日本からアジア各地に出て行き、現地で駐在する日本人男性らの相手をした「からゆきさん」たちであり、そもそもそうした女性たちは、ある帝国が国外に政治経済的な影響力を扶植する手段の一つのように機能した*2、という指摘は印象的でした。

日本の植民地支配という構造的な強制性の下で、さまざまな「協力」を強いられた。その苦渋に満ちた構造から慰安婦問題を捉える重要性は腑に落ちました。ただそこは著者も言うように、植民地支配を脱してできた大韓民国アイデンティティにとっては「古傷」のようなものです。構造的な圧力が加わっている場合の内在的理解とはどうあるべきか。かさぶたのめくり方が相当難しかったことは、この本を巡る出版後の経過が物語っているところでもありましょう。

あと一つ言うなら、これは韓国の人が韓国に向けて書いているという側面があるからそういう言い方になるのでしょうけれども、政治的にどこで折り合っておけばいいかという議論はあるにせよ、やはり謝るということは、そうする以上謝った相手方に一定の理解をいただかなければ仕方がないのではないかと思います。著者が引用するように、いかにアジア基金が「民間を建前にした公的なもの」であっても*3、それこそ国家が政策として行ったことである以上、日本政府の立場として成功した政策であるとは言いがたいと思います。

いずれにせよ、この本がこれほど論争の書になったのには、短期長期の世相や言論環境が大きく作用していると感じました。まあ、流行も「炎上」もそんなものなんでしょうけどね。

*1:日本を批判する欧米諸国が、自らのかつての帝国としての振る舞いを反省するきっかけにならない

*2:ホームシックになってすぐ日本に帰ってこないように

*3:苦肉の策としての事情は十分理解できま須賀