現場を離れて久しい新聞記者のブログ。 読んだ本の紹介や旅行記(北朝鮮竹島イランなど)が中心です。 ブログランキング・にほんブログ村へ

二つの「虚像」と対峙して/『翔ぶが如く』(司馬遼太郎)

新装版 翔ぶが如く (1) (文春文庫)

新装版 翔ぶが如く (1) (文春文庫)

      
新装版 翔ぶが如く (10) (文春文庫)

新装版 翔ぶが如く (10) (文春文庫)

小学生の頃から、西郷隆盛司馬遼太郎に対してなんとなく苦手意識がありました。
どちらについても憎たらしいとか嫌いだという気持ちを持ったこともないので須賀、特に西郷隆盛は、私が好きになるには存在感というか声望が大きすぎたのです。そもそも彼が未だに「西郷隆盛」ではなく「西郷さん」であることが表すように、その圧倒的な存在感からは(この作品に描かれた彼の人柄とは対照的に)近寄りがたい雰囲気すら感じられ、それが幕末維新という歴史好きなら舌なめずりをするような時代から、私の関心を遠ざけたようにも思えます。
作者についてもそうでした。「歴史好きなら読んで当然」と言われると逆に反発心めいた気持ちまで芽生え、「歴史小説はフィクションじゃないか。作り話を読むくらいなら、史実で構成された専門書を読んだ方がましだ」と心のどこかでずっと考えてきました。しかし、そんな予断を打ち砕くのに、全十巻のうちの一つを読む必要もありませんでした。どのくらいの労力をかけたのかと思うくらいの史料をふんだんに用い、驚くほど多くの人物を登場させ、彼らの多彩なバックグラウンドと立ち居振る舞いを描いていく。また、何度足を運んだのか、各地の地形や風情までもがありありと浮かび上がってくるにつけて、小説としての情景と史料や取材に裏打ちされた史実*1を混同しないように気をつけさえすれば、一個の優れた歴史書と呼んでも差し支えないような気がしてくるのです。
そんな作品でありますので、結末を伏せる意味はないでしょう。この物語は、明治維新の三傑であり、幼少時からの親友であった西郷隆盛大久保利通が如何にして袂を分かち、一年の間にともに非命に斃れるに至ったかを描いた大河小説です。2人は言うまでもなく薩摩出身で須賀、ここに絡んでくるのが西郷隆盛が登用した川路利良*2桐野利秋*3の両名です。それぞれが西郷、大久保方の重要人物として立ち回り、最後に川路が死んで、4人が歴史の表舞台から退場するところまでが本編となっています。
文庫本で3000ページを超える大長編なのでこまごました感想を述べることはしませんしできませんが、この小説だけを読んでいると、西郷隆盛という人が本当に気の毒に思えてしまいます。恐らく彼のもっとも生き生きとした姿というのは、薩摩藩士として討幕を推し進めた時のそれであり、究極的には勝海舟と対坐して、江戸城無血開城を成し遂げた姿であったので生姜、この小説では、彼は冒頭から、討幕の大業を成し遂げて言わば歴史的役割を終えつつありながらも、万天下を覆わんばかりの声望を得てしまっているという状態にあります。そのことを自分自身でも分かっていながらも、彼を良くも悪くも放っておかなかった川路・桐野らが結果として作り上げた事態に抗えず、結局は私学校徒らの暴発*4の「錦の御旗」にされてしまうわけです。そのことの一因に、著者が指摘するような「西郷の人望好み」*5があるかどうかはともかく、明治政府樹立後にこそその本領を発揮した盟友・大久保利通とのコントラストはあまりに克明でした。また、究極的に言ってしまえば、著者が言うほどに「維新最大の功労者・西郷隆盛」という虚像が大きくなりすぎてしまえば、真の意味で下野する―政治的影響力の一切を放棄するためには、実際にそうなったように、彼は死ぬしかなかったのではないかとまで思えてきます。ただ天下における彼の評判がどうであったのかを史実(に近いもの)として述べるのは、事柄の性質としてかなり難しいと思われるため、その点は留保が必要でしょうか。ともかく、「維新最大の功労者であり、鹿児島を象徴する大人物」の声望による圧力を受け続けてきた人間としては、その言わば抜け殻のような西郷像は衝撃的ですらありました。
ついでに言っておくと、一つ読み進めていて興ざめだったのは、このように維新後に「陰画的な」存在になったのは、明治初年に大隅半島での狩りの最中に転んで頭を強打したからではないか、という示唆が物語の終盤に入ってから挿入されるようになったことで、本当にそう思うんだったら新聞に4年半以上にもわたって書き連ねる必要はなかったんじゃないかと思ってしまいます。
最後に、これもケチをつけるような話なので須賀一つ。この作品では特にさまざまなバックグラウンドを持つ人物が登場する、というのは先述の通りなので須賀、どうにも出身地とその人間の性質を結び付ける議論が多かったのは気になりました。確かに幕藩体制が崩壊した直後の時期の話である以上、今あるような浅薄な県民性論よりは議論としてはマシだとは思いますし、個人的な経験としても、亡祖父から「卑怯と言ったり言われたりしない人間になりなさい」とか「(特に目上の人間に対して)議を言うな」と言われたことはありますけれども、薩摩出身の両雄の相克めいたドラマを主題としながら、「薩摩人はこういう性質だ」という手法を多用するのはやや危うい気がしなくもありませんし、この時期の薩摩出身者で個人的に一番興味のある森有礼がほぼ出てこないのは、そうしたやり方で説明しづらいところがあるからなのかと邪推したくもなってしまいます。
 
これだけ長い小説(司馬遼太郎作品の中でも最長だそうです)を読んでいると、途中からこの次に何を読むかという思案も徐々に脳裏にもたげてくるので須賀、今度はこの話にも出てきた、戦前日本最大のキーマンではないかと最近思っている長州人の伝記を紐解くことに今決めました。

*1:と、少なくとも著者が信じたもの

*2:「川路大警視」と言った方が通りがいいかもしれません

*3:間違いなく異名「人斬り半次郎」の方が有名でしょう

*4:実際にこの軍事行動が、戦略もへったくれもない「暴発」であったことも縷々書かれています

*5:乱暴に言えば「人に好かれたい」と考え、行動する性質