かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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『トランプ』(ワシントン・ポスト取材班)

トランプ

トランプ

ワシントン・ポストが、当選前のトランプ大統領のベールを剥ぐべく、多くの記者を投入してまとめた本です。一口に「トランプ本」と言っても、彼が当選してしまうような社会的状況(「トランプ現象」)を論じるものから、トランプ大統領がどんな政策をとり、世界がどうなっていくか(「トランプ政治」)を予測しようとするものまで様々のようで須賀、この本ではドナルド・トランプという人間の来歴(「トランプとは誰か」)を、ジャーナリスティックな取材手法で地道に明らかにしていこうとしています。
そもそも私自身、「不動産王トランプ」なる人物が2016年米大統領選に出馬している、という報道に接するまで彼について何も知りませんでしたので、少なくとも彼について、非常に多くの知識を得ることができました。同じく不動産業で財を成した父の地盤を活かしてマンハッタンに進出し、多くの有名物件に権利を持つようになったこと。ただ不動産以外の分野に精通していたわけではなく、カジノや航空業界では失敗し、関連会社の破産歴もあること。一方で当意即妙のやり取りは得意で、リアリティ番組「アプレンティス」*1のヒット後は「トランプ・ブランド」による多数のライセンス契約でリスクを負わずに利益を得てきたこと…そうした紆余曲折を経て、彼が大統領選本戦のステージに立ったことを知ることができます。
しかし何より印象的だったのは、そんな彼が「成功」に至る力の源泉は、彼がまさに「不動産王トランプ」と見なされることにあった、という点です。交渉を得意としてのし上がった億万長者で、超モテモテのプレイボーイ(だった)。次から次へと投資するために借金を重ね、事実カジノ経営が傾いたあたりで彼の資金繰りは相当悪化していたようなので須賀、「凄腕の成功者・不動産王トランプ」という評判で融資やビジネスパートナー、さらには主演番組を得て難局を乗り切ってきたというのが事実のようです。なので、そのことを理解している彼はセルフイメージを非常に重視します。なので(?)多くの女性に追われるスキャンダラスな男というイメージは助長しておきながら、「実は自分で言っているほど金持ちではないのではないか」と指摘する者に対しては、訴訟も厭わない*2わけです。そしてそのイメージが、この本が出版された後の大統領選勝利に貢献していることは間違いないでしょう。
もう一つ言えば、彼は(父の代からの共和党右派支持者でありながら)民主党共和党、第三政党である改革党の間を行き来しています。それは批判者が言うような「政治的無定見」であることは否定し得ませんが、彼としてはむしろ、ビジネスをうまく回すためであり、自分の求めるセルフイメージを作り・守るためなのでしょう。その点、最初に挙げたような「トランプ政治」を論ずるより、そういう彼のあり方を知る方が結果論として有益だったと言えるかもしれません。
恐らく本人は、大統領職がドナルド・トランプの人生の集大成だとは考えていないのだと思います。「交渉上手の億万長者」ドナルド・トランプたる経歴の一部分なのでしょう。とすれば、中東でも、朝鮮半島でもそのように振る舞う可能性が高い。この推理が正しければ、少なくとも金正恩氏や周辺諸国にとっては吉報かもしれません。

しかしこのところピンチですね。「ビジネスマン・トランプ」としては手練手管の一部であり(と主張し)得たことも、三権分立の確立された政治の世界では司法介入の疑いがかけられるわけです。自分で相矛盾する言動をしたり、動かぬ証拠に見えるものを突きつけられたりしてもなお開き直るのもまた「トランプ流」なので生姜、大統領としてもそれが通用するのか、一つの正念場ではあります。日本の「官邸の最高レベル」は、それで平気でまかり通ると思っているようですけれども。

*1:例の「お前はクビだ!」の番組で須賀、この決め台詞もトランプのアドリブが定番化したものだそうで、その辺にも彼の才覚が窺えます

*2:そもそもこれまでに千件以上の原告となり、被告となってきたそうで須賀