かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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『1984年』(ジョージ・オーウェル)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

第二次大戦後間もない時代に書かれた、1984年という未来の「暗黒シナリオ」です。世界的に有名な小説ですので、そのあらすじをこの場で説明することはしませんし、著者の人生経験からこのフィクションに込められた意図を論じることもするつもりもありません。特に後者については、それをするだけの自信もありませんので、ここでは小説の「舞台」となった時代前後に日本で生まれた私が、2017年に読んで感じたことを書き連ねてお茶を濁そうと思います。
この小説が2017年にまた脚光を浴びるようになった理由は、アメリカのトランプ政権にあると言って間違いないでしょう。大統領本人が「フェイクニュースだ!」と叫び、高官が「オルタナティブファクト」などと言ってのける。そのありようが、本作のビッグ・ブラザーが率いるとされる(それすら確証を持っては言えない)党の主張や振る舞いを想起させたというのは、確かに頷けます。党の教義「イングソック」の核となる「二重思考」(矛盾を受け入れ、さらにそのことすら思考から消し去る)や、「事実などというものは人間の精神の中にしかない(=信じこませさえすればそれが事実になる)」といった概念や発想は、一見意味不明な「オルタナティブファクト」なる主張を解釈する唯一の方法かもしれません。ただそれでも、実在する(した)ものの中で著者が描いた「1984年のオセアニア*1」に最も似ているのは、私の知る限りにおいて朝鮮民主主義人民共和国をおいて他にないと断言できます。歴史やニュースの改竄、監視・密告社会、時間的・身体的動員、「ブラザー」や「父」という家族的な呼称を持つ絶対的権威の存在…。まさか金日成がこの本を参考に国づくりをしたのかと思うくらい似ている部分もあります。まあ、ビッグ・ブラザーのルックスのモデルはスターリンで、彼の宿敵のモデルはトロツキーだそうなので、「オセアニア」と現実の北朝鮮に「共通の祖先」はいるとは言えそうで須賀、オーウェルがこの「オセアニア」を演繹的に導いたのだとすれば、出版直前に成立したばかりの国の数十年後の姿をかなりの程度描いてしまったわけで、その論理的な構想力というのは驚嘆すべきものだと感じざるを得ません。また話をあらぬ方向に持って行ってしまったかもしれませんが、それが私の一番の感想です。
あともう一つ、この小説について触れておきたいのはその人間観のようなものについてです。正直に言って、この本の後半は読み続けるのが辛くなるような描写が続いており*2、そこではデカルト的・理性的人間観とは対照的な、動物としての人間の弱さがまざまざと描かれています。しかしまた、著者は主人公を通じて、まさにその弱さ故の人間存在に対する期待を表明してもいるのです。そして物語が幕を下ろした後に続く付録は、ある種の間接的なエピローグとして彼の信念や願いを示しているー。これは巻末の解説で示唆された実に目から鱗の説なので須賀、もしそうなら、今夜はなんとかうなされずに眠れそうな気がします(笑)し、これはまた、著者の「1984年」以降に生きる人間への激励であるようにも思えてきます。
2017年をどう生きるか。それはビッグ・ブラザーにトランプや金正恩、はたまた安倍晋三のうち誰の顔を重ね合わせるか、という程度の問題ではないような気がしてきます。

*1:世界を三分する超大国の一つ

*2:私自身も動転気味で読み進めました