現場を離れて久しい新聞記者のブログ。 読んだ本の紹介や旅行記(北朝鮮竹島イランなど)が中心です。 

『竹島』(池内敏)/『国際法』(酒井啓亘、寺谷広司、西村弓、浜本正太郎)

竹島 ―もうひとつの日韓関係史 (中公新書)

竹島 ―もうひとつの日韓関係史 (中公新書)

こちらは竹島問題について、主に歴史学の観点から日韓双方の主張を検討した本です。著者によると、特に21世紀に入ってから史料の検討が進み、かなりの事柄を学術的に判断できるようになったとのことで、本書ではそうした知見をもとに双方の言い分を次々と破っていきます。韓国側が現在の竹島であると主張する「于山島」は史料によっててんでばらばらな島を指している、江戸幕府は元禄期の朝鮮王朝との交渉で鬱陵島と一緒に竹島を実質的に放棄している、明治政府ですら1877年には両島を「我が国と関係ない」と結論付けている、とはいえ1900年に大韓帝国側が管轄を宣言した「石島」が「独島」であるという主張もこじつけに近い―など。
そうなってくると両政府の主張はメッタ打ちにされてしまうわけで須賀、では著者として竹島領有権問題をどう結論付けているかというと、「日本側・韓国側の主張には、どちらかが一方的に有利だというほどの大きな格差はない。あえて言えば、竹島を日本領にしたとする公文書が日本側にはあるが、韓国側にはそうした類の公文書がない、というところだろうか」と、言ってしまえば「両方とも負け」に近い判断を下しています。
国際法

国際法

ここでこちらを参照してみましょう。参照、というより1カ月とかかけてまた通読したんですけど*1(笑)、関連する項目で最も強調されていたのは、「領域権原の相対的有効性」という観点だったように思います。ざっくり言うと、これがあったら一本勝ちというような白黒の付きやすいものではなく、双方の主張のうちどちらがより優位かを相対的に評価していく―「A国の主張も一理あるけどB国の方が妥当だな」という風に決めていく過程なのです。『竹島』における著者のスタンスはこれに適ったものと見做せ、まあ「どちらも弱いですね」と言っているわけですけど、私が読んだ感想としては、政府の言い分がどうかはともかくとして、日本側にやや分があるのではないかと考えています。
まず、第二次世界大戦に敗れた日本が、旧植民地を放棄するなどして国際社会に復帰することを国際法上画したサンフランシスコ平和条約において、竹島が日本領として扱われていることは明確です(「放棄する島に竹島も入れるべきだ」という韓国側の主張は却下されています)。また、その際出されたラスク書簡が前提とする1905年の日本編入についても、先述の「石島」が竹島を意味しないなら竹島はどの国家領域にも帰属しない*2「無主地」とせざるを得ず、決定方式を含めて形式的には無主地先占が成り立つとは一応言えるのではないでしょうか。まあ著者が言うように、編入のきっかけとなった貸し下げ願いの提出者も最初は韓国領だと思っていたくらい微妙な部分ではあり、事前・事後ともに韓国側に通告しなかった点などはやり口として不誠実ですし、編入自体も日露戦争中、日本が韓国政府の権限を次々に制約していく時期に行われた*3のは事実であり、そこも大きな問題ではあるんですけどね。
最後に付けた注の部分は不満で須賀、全体としては論理明快で分かりやすい本だと思います。実は実物を見たこともあったりなんかして、島の様子などもイメージしやすいというか、ちょっと懐かしかったです。

*1:細々とながら時間をかけて読んだのでこちら単独の感想も少し。論争的な部分をしっかり紹介してくれている点で「覚えるんじゃなくて理解してね」という執筆者の意図にも資するなあと感じながら読み進めましたが、もっと言えば世界政府的なものが存在せず、さまざまな法を言わば有権的に解釈・適用して遵守を義務付けるアクターが存在しない以上、この教科書が、ということ以上に国際法という分野そのものがより論争的なものでもあるのでしょうね。法律の他の分野について、感覚的に述べるだけの素養はないんで須賀www

*2:元禄以降領有権を否定している日本側にも、この時点ではもちろん帰属していません。編入閣議決定を読めば、「これから領有する」というスタンスが非常に明確です

*3:著者はこの論点について、主唱者に遠慮して深くは触れなかったとあとがきで述べています。それがその主唱者に対して誠実な態度なのかはよく分かりませんが、少なくとも読者に対しては不誠実な態度だと思います