かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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議事妨害と強行採決

<安保関連法案>強行可決「議員すら声が聞こえなかった」
何が起きたか分かっていたのは、その場にいた与党議員だけかもしれない。安全保障関連法案は17日夕、参院特別委員会で可決されたが、予定されていた締めくくりの質疑もなく、突然起きた大混乱の中、いつの間にか可決されていた。日本の将来を変えるかもしれない法案は、こうして成立に一歩近づいた。【樋岡徹也、石戸諭、日下部聡】
午後4時半ごろ、野党による鴻池祥肇委員長の不信任動議が否決され、鴻池氏が委員長席に戻ってきた。座った瞬間、自民党議員がバラバラと委員長席に駆け寄る。つられるように野党議員も動き、あっという間に委員長を囲む人垣ができた。怒号とやじが渦巻き、散会するまでの約8分間、傍聴席の記者にも何がどうなっているのか分からなかった。
散会後の鴻池氏の説明では、まず自民党議員の質疑打ち切りの動議、次に安保関連法案を採決したという。だが、どの時点で何の採決が行われたのか、議場にいた野党議員すら分からなかった。
民主党理事の福山哲郎議員は「委員長が何を言ったか、誰が何をどうしたのかさっぱり分からない。あんな暴力的な採決が認められるなら、この国の民主主義は死ぬ」。生中継するNHKすら「何らかの採決が行われたものとみられます」などと実況し、散会するまで「可決」を伝えられなかった。
参院のウェブサイトで公開されている審議の録画には、鴻池氏が着席してからの約1分10秒間、「速記を中止しているので音声は放送していません」というテロップが出る。鴻池氏の入場直前に、委員長の代理を務めていた自民党佐藤正久議員が速記の中止を命じているからだ。記録を取っていない間に採決が行われた可能性も否定できない。
採決前の慣例の首相らが出席する締めくくり質疑も省略された。理由を問うと鴻池氏の表情が険しくなった。「察してくれよ。本当はやりたかったですよ。野党の皆さんだって質問したかったでしょう。そういう事態だったということです」
政治アナリストの伊藤惇夫さんはこう分析する。「怒声で聞こえないことはあったが、これほどの混乱は久しぶりだ。委員長のそばにいた自民党議員が身ぶり手ぶりで立ち上がるよう指示を出していた。要するに議員すら起立採決の声が聞こえなかったのだろう」
安倍晋三首相の母校成蹊大の加藤節名誉教授(政治哲学)は「まさにイリーガル」と憤慨し、立憲主義を唱えた英国の政治思想家ロックの言葉を引いた。「法が終わるところ暴政が始まる」。憲法学者小林節氏も「慣習律も守れない高度に幼稚化した安倍政治の象徴だ」と批判した。
テレビで見た市民も状況を理解できなかった。千葉県館山市の庄司兼次郎さん(88)は「何が起きたか分からなかった。国民の生命に関わる大事な問題がこんな形で決まるのは残念です」と嘆いた。戦前、15歳を目前に海軍特別年少兵に志願しフィリピンで終戦を迎えた。戦争を知らない世代の政権に危うさを感じている。
(9月18日、毎日新聞)

この採決(?)はすごかったですね。私も職場で見ていて唖然としてしまいましたが、その印象は編集を担当したページの一番大きな見出しにでかでかと謳えたので、仕事という意味では満足しています。
この法案に対する私の評価などはすでに述べていますので、ここでは別のことを少し。
ここまでの騒ぎはあまりないんじゃないかと思いま須賀、野党が採決自体に反対するなかで一方的に審議を打ち切る強行採決はしばしば問題とされ、また逆に、この前段の委員長不信任動議でなされたような意図的な長時間演説や、採決時のいわゆる「牛歩戦術」などの議事妨害にも批判が集まってきました。この強行採決と議事妨害は、理性的な議論によって結論を求めるという議会の本来の趣旨に反するものであることは言うまでもなく、個人的にもみっともないのでできれば見ていたくありません。
ただその一方で、歴史的には双方ともにしばしば行われてきたことも事実です。議会というシステムを、一定のルールや会期というタイムリミットがあり、その制約の中で各アクターが戦略や駆け引きを展開しつつそれぞれの目的達成を目指す場であるとみなせば、これを広い意味でのゲームと捉えることもできます。数的に不利な中でいかに相手の目的を達せられなくするか、いかに相手の妨害を排除するか。その駆け引きの中で、強行採決も議事妨害も、カッコ悪いが方法としてあり得る、言わば「セコ技」として認知されてきています。何が言いたいかというと、強行採決も議事妨害も非常によくないことではあるが、それ自体がそれのみの理由によって即刻葬り去られなければならないとまでは言えない、つまり強行採決「だから」、議事妨害「だから」やってはいけないのだ、とはすぐさまには言えないのではないか、ということです。少なくとも戦後日本の議会運営には確実に埋め込まれてきた「悪習」であります。
じゃあお前は与野党がこうした「セコ技」を連発するのを擁護するのか、と言われるとそうではありません。言い回しに慎重を期したつもりではあるので須賀、それらの手段が非難の十分条件ではない場合もあるという趣旨でして、その当否、即ち「素晴らしいとは思えないけどこの場合はそういう手段を採るのもやむを得ないよね」と評価できるかどうかは、やはりその主張に国民の理解があるか、ということにかかってくるのだと思います。議会審議という「ゲーム」の「プレイヤー」たちは、実は議会内にはいない主権者たる国民の代理人である。その意味においては国民もそのゲームに参加しているわけで、例えば王貞治のシーズン最多本塁打記録に並びかけていた我らがバースが巨人の投手に敬遠され続けたことも、読売さんはそれで目指すところを達したかもしれないんですけど、野球ファンがそれを支持したかという問題になってくるわけです。それと似ている部分がある気がします。
最後話が逸れましたが(笑)、与野党ともにこれから先もそうした手段に訴えるシーンがあるでしょうから、「この強行採決/議事妨害に世論の支持はあるか」ということを十分念頭に置きながら、議会審議に邁進していってほしいと思います。
 
最後に記者のはしくれとして一言だけ。冒頭のシーンはNHKで見てたんですけど、スタジオの記者の質問が完全にトンチンカンでしたね。ドタバタ劇の直後、まだ興奮冷めやらぬ様子のヒゲの佐藤理事を連れてきているのに、「強行採決の是非」とか「国民の反発」とかを聞いたら(しゃべらせたら)ダメでしょ。そんな延々言われ続けてきたことをあんなタイミングで聞く意味は全くない。あのタイミングは、どういう手続きで何を行ったのか、瑕疵はないと考えているのか、そこを淡々と聞くだけです。もちろん生で見ている視聴者に説明してもらうという意味合いもありますけど、より自分の認識や本音に近い言葉を引き出す絶好のチャンスだったのに、最初からいつもの紋切り型の問答をやることで「外向けの用意された言葉」を用意する余地を与えてしまった。事実どうであるかは現段階では分かりませんが、この一連の手続きにもし無視できない瑕疵があったとすれば、ここで全国に向かって説明を求めた内容が重大な言質になったり、あるいは事後に精査した内容との矛盾が露呈していくような可能性もあったでしょう。
それこそちょっと「セコ技」のように聞こえるかもしれませんが、大げさに言えば、人間的な駆け引きを以て情報と権力を握る政治家に対峙し、より真実に迫っていくのが記者の存在意義ですので、あれはちょっと、サヨナラタイムリーエラー級の大失態だったと思っています。