かぶとむしアル中

取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

北朝鮮竹島イラン旅行記
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『じゃっで方言なおもしとか』(木部暢子)

じゃっで方言なおもしとか (そうだったんだ!日本語)

じゃっで方言なおもしとか (そうだったんだ!日本語)

私「昨日のモツ鍋、何だかんだで油っこかったよねえ。油をこさいで食べてたわ。あれ?『こさぐ』って言わない?」
細君「何を言おうとしてるかは分かるけど、私は使わないね」
こさぐ」というのは物の表面などをそぎ落とすことを意味する言葉で、この場合は「鍋の具材にギットリしみ込んでいた油分をなるべくそぐようにして食べた」ことを表現したつもりです。この会話を通じて初めて、これが西日本などで使われる方言であることに気付きました。
最近こういうことが多い気がします。露骨に特定の方言を示唆する言葉は差し控えるにしても(笑)、例えば「こゆい(濃ゆい)」なんてのも言われてみれば方言で、このことをFacebookに書いたらゴキブリホイホイに集まるゴキブリのように九州人が集まってきたのも印象的でした。私自身は言語生活の中で、生まれた土地の方言を話していたことはないはずで、言葉を覚えたころから関東に引っ越す8歳くらいまで話していたという*1関西弁も今はほぼ全く出ませんし、その他の時期は、基本的には「じゃんじゃん」言っていた(る)と認識しています。そんな私に「こさぐ」「濃ゆい」等々、出生地の方言がインプットされていたことには自分でも少し驚きましたが、そうした語彙を今、思い出すようにアウトプットしているのには、現在私が置かれているライフステージが関係しているのだと思います。
そもそもを言えば、私がこうした語彙に接触したのはほぼ間違いなく母親が使っていたからであり、これらの語の意味的にも、一家において母親が多くを担った家事や日常生活に関するものが多いように思います。逆に言うと、父親を含む親戚一同が愛してやまない「のんかた(飲んかた)」(酒を飲むこと、飲み会)は、主に帰省時に聞く言葉として、その土地の方言であることを強く意識していました。じゃあなぜ今、自分の日常生活を母親譲りの方言で語ろうとしているのかというと、それは意識的にそうしているのではなく、日常生活における動作や振る舞いなどについて話す相手がいるから、ということになるのだろうと思います。やや転倒した答え方にはなってしまいま須賀、一人暮らしではなかなか「そこはわくからのいて」と言う機会もないわけで、日常生活を共にする相手がいればこそ、そういうシチュエーションで聞いてきた言葉(=母親が使ってきた方言)が口を衝いて出るのだろうと推測できるのです。
そういう意味では母親の影響力というのは大きいもので、少し前に話題になった*2http://ssl.japanknowledge.jp/hougen/check.phpを試してみて、「これまでに実家で言ったことがなくはないかな」くらいの感覚でYESを押していくと、ちゃんと出生地の方言に連れて行かれるのにはちょっと感動しました。ちなみに言えば、人生の長きにわたって主に使ってきた(いる)言葉という意識で答えていくと、ちゃんと最も長く住んだ地域が出てくるので、このサイト自体、なかなかすごいべ?
 
 
この本そのもののレビューについては、『読んでいない本について堂々と語る方法』(ピエール・バイヤール)をご参照ください。と言いたいところで須賀、ちゃんと読ませていただきましたので(笑)、簡単ながら感想を。書名は「だから方言は面白い」という意味の九州方言で、お里の香りがするなあと思って楽しく読めました。特定の方言の語彙を羅列するだけでなく、それらの文法的・語彙的な構造をちゃんと解説していて興味深かったので須賀、それだけでもなく、方言の現状や展望といった一般論的な議論もなされていて、非常に好著だと思います。
ただ一点気になった部分を挙げるなら、「ぐっすり眠りこまない」などを意味する「いざとし」に由来するとされる別れの挨拶*3を、久しぶりに会った相手に「最近お目にかかりませんね」と声をかけるような「さかさまことば」と理解する必要はないんじゃないかと思いましたね。その解釈に無理があるとまでは思いませんが、読む限りにおいては、「気をつけてね」と言っているんだ、と解釈すればそれで済むような気がしたので…
何にせよ、言葉はその話者の思考方法や文化・歴史と非常に密接な関連があり、その多様性がそれらの多様性をも担保していることを感じさせてくれる一冊です。「繰り返しになりますが*4、方言でしか絶対に表現できない世界があるのです」。

*1:そのため転校時に相当浮いていたという話は後年になって母親から指摘されたくらいで、実はリアルタイムではあまり覚えていません

*2:今もなってたらすみません、悪意はないっす

*3:「ダーツヤイモセ」(鹿児島県甑島)、「オイザトナー」(長崎県対馬)など

*4:原文ママ