現場を離れて久しい新聞記者のブログ。 読んだ本の紹介や旅行記(北朝鮮竹島イランなど)が中心です。 

アメリカニズムと渡り合う「カリフ制」?/『一神教と国家』(内田樹、中田考)

私からすればいつの間にか名誉教授になっていた内田樹氏と、カリフ制再興を訴えるムスリム中田考氏の対談本です。
「カリフ制再興!」なんて聞くと一体何なんだという気にもさせられま須賀、要はウンマ(イスラーム共同体)を国民国家に代わる「想像の共同体」として打ち立て、イスラーム世界の一体性を回復しようというある種典型的なイスラーム復興主義と見なすことが出来そうで、そう理解できれば(少なくともイスラームの思想潮流の中では)それほど突飛なことを言っているわけでもないんじゃないかと思います。対談の中では、実質的にアメリカニズムである「グローバリズム」と、イスラームノマド的な『グローバル共同体』を対比し、後者が前者に対するアンチテーゼたり得る可能性を思い描いています。
本人が認める通り、言うまでもなくこれからカリフ制、というのは容易な話ではありません。ただ、イスラーム社会に根付く「共有」のエートスについて読み進め、確かにみんなで大皿をつついて、水煙草を回して吸ったなあなんてことを思い出していると、そうした価値観になにがしかの希望を見出すのも故なきことではない気がしてきます。大きな工場を建てて、そこで次々に重厚長大な製品を生産していくことから、ウェブ上で情報を発信したり、魅力的なコンテンツを打ち出したりすることに価値が移りつつあるのが現代だとすれば、シェアをする、(遊牧民的に)ボーダーレスに動き回るといった振る舞いは、その時代の流れにより親和的なように思えます。フォード車は所有の対象で、不特定多数の人との共有にはなじみませんが、例えばそれこそ内田樹のツイートはいくらでもリツイートできますよね。
ノマド」(あるいは「スキゾ」)と「パラノ」―的な、聞いたことがあるような図式化がやや過剰かなあと感じたり、国際政治的にそんな簡単な話じゃありませんよと言いたくなる*1ような部分もありましたが、上述したような話のみならず、イスラームムスリムの実際やこのところの中東情勢までいろいろ紹介されていますので、普通に面白く読めると思います。ただ書名や各章のタイトルが踏み込み不足な感じで、編集者が消化不良なのかなという印象を受けました。

*1:まあ、その理屈を振り回してしまったら元も子もない話ではあるので須賀