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取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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『ロシア新戦略―ユーラシアの大変動を読み解く』(ドミートリー・トレーニン)

ロシア新戦略――ユーラシアの大変動を読み解く

ロシア新戦略――ユーラシアの大変動を読み解く

ソ連崩壊後のロシアを「ポスト帝国」―ある国がもはや帝国ではなく、帝国に戻ることはないが、帝国であった時代に染みついた多くの特徴をまだ残している時期―という概念から読み解き、その展望を語った本です。特にプーチン政権については「皇帝」に率いられた「ネオ帝国」の如く見なす論調も散見されま須賀、著者は前任者と対比した彼の基本的発想が「ロシアは…属州の面倒を見てやる帝国」ではなく「むき出しの利益を追求するために自らの地位を利用する大国」である、という自意識にあると考え、「ロシアの内向性」*1をしてロシア帝国ソ連「帝国」と新生ロシア連邦を画しようとします。その「帝国」から「21世紀の大国」へのシフトを模索する中での、各地域における外交政策やエネルギー外交の展開、CIS諸国やロシア連邦内共和国での人口動態*2、文化などのソフトパワーの消長といった多岐にわたる論点について詳論されており、興味深く読むことができました。そしてまた、この本でかなりの分量を割かれている2008年のグルジア戦争に関する記述などを読むにつけ、未だに日本のマスメディアを介する情報は総じて「西側」寄りで、ロシアのものは少ないということも実感させられました。
その中で最も印象深かったのは、ソ連―ロシア指導部の最大の正統性は、20世紀最凶最悪の軍事組織たるナチスドイツを破ったことにあり、それがために日本では「粛清」の代名詞とも言うべきスターリン*3に対してですら、世論調査で「ロシアの歴史に対する「貢献」を肯定的に捉えている」との回答が約半数に上っている*4点です。第二次世界大戦の勝利が彼らの拠って立つレゾン・デートルであるなら、日本に引きつけて言えば、その戦勝によって得た領土を譲り渡すのはそもそも至難の業であることが容易に想像できます。それでも、ロシアが「帝国」ではなく利己的(それは合理的とも解釈できるでしょう)に行動する「大国」を志向するなら、訳者の言うとおり、「自分の利益になる協力は進める一方、北方領土問題を解決しないとロシアにとってもマイナスであることを意識させる局面を、感情的にではなく落ち着いて作り、かつ維持していくことが得策」でしょうし、さらに言えば、日本こそ「強大な敵性国家」の如き冷戦時代のイメージを払拭し、「北方領土を解決することで得る日本外交上のプラス」を享受する*5発想をもっと持ってもよいのではないかと思います。

*1:トーマス・グラハムによる

*2:ロシア系住民の「帰還」が顕著になっている

*3:最近のテレビでも、張成沢処刑の一報に触れた北朝鮮専門の論説委員が、全く同義の言葉として「スターリンですよ、スターリン。恐ろしいですね…」と呟いていたのが印象的でした

*4:2009年のもの。49%

*5:まさにそれこそ冷戦中のアメリカが日本に与えまいとしたものである、という分析もありました