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取材現場を離れて久しい新聞社員のブログ。 本の感想や旅行記(北朝鮮・竹島上陸など。最初の記事から飛べます)。

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「マックちゃうねん、マクドやねん」/『「方言コスプレ」の時代―ニセ関西弁から龍馬語まで』(田中ゆかり)

「方言コスプレ」の時代――ニセ関西弁から龍馬語まで

「方言コスプレ」の時代――ニセ関西弁から龍馬語まで

なんかそれっぽいエセ方言(「ヴァーチャル方言」)に付与された、気質などもろもろのイメージ(「方言ステレオタイプ」)を着脱するため、突如としてある地方の方言の語尾や慣用表現をまねて使う(「方言コスプレ」)行為を、さまざまな聞き取りや資料調査を通じて浮き彫りにせんと試みた本です。
首都圏や全国の人々が、自分のなじみのある方言やいわゆるエセ方言、共通語などをどのように使っているかや、どの地方の方言にどんな印象を持つかについて聞き取りをしていたり、新聞の記事や投書で方言はどのように論じられてきたか、小説や大河ドラマなどの創作物で坂本龍馬はいつどのように「土佐弁キャラ」となっていったかなど、さまざまな興味深い調査がなされています。それらがどうこの本のテーマと結び付くかという点で、個人的に一番分かりやすかったものを挙げると、1974年の大河ドラマ勝海舟」は方言が多用されたことで知られているらしいんで須賀、もちろん鹿児島弁バリバリだった西郷隆盛に対し、同郷であるはずの大久保利通は江戸のべらんめえ的な口調だったそうです。そうしたドラマ作りの中の「キャラメイクの差異」は、特に西郷ないし鹿児島弁に対するステレオタイプを示唆していると考えることができます。
…と、そういう話が続いて非常に楽しく読み進められたので須賀、その調査結果を受けた論理展開という部分において飛躍やベタな感覚論が多く、全体としてロジカルに構成されていないのが残念でした。ある質問に対する、山形県三川町の各世代と首都圏の大学生の回答を脈絡なく折れ線グラフでつないでみて、「首都圏での調査結果は三川町の“未来予想図”にみえてくる」と言われても、気持ちは分からなくないしその推測も180度違うという印象までは受けませんけれども、それだけでそう言われてしまうと、全面スケルトンの高層ビルの最上階に立たされるような感覚を覚えてしまうのです。
あともう一つは、「なぜ方言コスプレという行為が多くみられるようになったのか」という問いに、著者がどのくらい答えることができたかという点です。確かに序章においては、方言の表現を楽しむ態度の広まり(「方言のおもちゃ化」)*1とネットやメールなど非対面・非同期のメディア普及による「自己装い表現」の一般化*2が指摘されており、本の中では各方言が特定のキャラなどを示唆すること*3ことも論じられてはいます。しかし、じゃあ効き目のある道具があって、それを使いやすい環境が整っていたとして、それをなぜ使おうと思うのか、具体的に言えば、各地の方言をちりばめることでキャラを切り替えながら繰り出す動機は何なのか、そこに強い関心のあった私とすれば、もうちょっとその部分に触れてほしかったとも思います。
ズバリ言ってしまえば、コスプレして使う方言と、その人の(主に地理的)アイデンティティとの関係についての言及が、ほぼきれいに欠落していたと思います。私は日本各地の出身者が集まるような環境にしばらく身を置いたことがあるので須賀、そこで方言を話す行為は、少なからず話者のアイデンティティと関わる行為でした。大阪出身であることを誇ってやまないある友人(仮にコウノ君としましょう)がいたので須賀、彼は街を歩いてマクドナルドを発見する度に、「マック」と呼ぶ人を「マックちゃうねん、マクドやねん」とたしなめ、固有の商品名であるはずの「ビッグマック*4」をすら「ビッグマクド」と呼んで憚らない有様でした*5
しかしある時、私はその場にいなかったので須賀、彼ら一行がマクドナルドの前を通った瞬間、彼はこう言い間違えたというのです。
コウノ君「マック。あ、ちゃうわ!マクド!!」
このエピソードから、彼が「自分は関西人であり、そうであるがゆえに関西弁を話す」との信念から、やや背伸びをして関西弁を「コスプレ」していたことと、その日から彼が「エセ関西人」として扱われたことは言うまでもないでしょう。
そして今考えてみれば、私自身も当時強く応援していたプロ野球球団と身にまとっていた言葉とが全く無関係だったかと問われれば、そうは抗弁しにくい気がします。その意味では、大なり小なり、私もコウノ君と同じ穴のむじなだったのかもしれませんし、他にもむじなはいる気がします。本の中で紹介されている調査の中でも、「日頃使わない地元の方言(「ジモ方言」)を使う行為において、地元との紐帯が意識されていることがある」という指摘は出てきているわけで、「方言という道具でキャラをコスプレする動機は何なのか」という疑問から、その辺にも論を進めると面白いんじゃないのかなあという気がしました。
そう言えば、仮名コウノ君の娘は1歳を過ぎ、言葉も話し始めたと聞いています。彼が娘にマクドナルドの略称を何だと教えるつもりなのか、興味を持っています。

*1:道具がある

*2:環境が整っている

*3:道具に効能がある

*4:これがなければ私の体重はもう1%は軽かったでしょう

*5:そして彼は某グループの関西出身アイドルのファンであった